
ケアマネドットコム運営の立場で仕事をしていると、姉妹サイト「 安心介護 」に寄せられる相談を読む機会があります。
そうした相談を読んでいると、思わず手が止まることがあります。
最近、何度か立ち止まったのが、「仕事と介護をどう両立していくか」という悩みでした。
介護の話をしているはずなのに、実際には仕事のこと、日々の生活のこと、将来への不安が重なって語られている。
相談を読み進める中で、これまであまり意識できていなかった視点に気づかされました。
この記事では、仕事と介護の両立に悩むご家族の声をもとに、介護離職が「遠い話ではない」と感じる場面に触れていきます。
あわせて、ケアマネの関わりの中で見えにくい"会社員としての負担"にも目を向け、明日からの声かけを少しだけ変えるきっかけになればと思います。
介護離職が、急に身近な話に感じられた理由
仕事をしながら家族介護を担う、いわゆる「ビジネスケアラー」は年々増えています。介護離職も社会課題として繰り返し取り上げられており、年間で10万人規模とも言われています。
数字として聞くと抽象的ですが、相談対応の現場を見ていると、「こういうところから始まるのだろう」と感じる場面があります。
通院の付き添いが増えたり、急な対応が続いたりして、仕事との調整がじわじわ難しくなっていく。辞める・辞めないを整理する前に、すでに余力が削られていく。
そうした過程が重なった先に、介護離職という選択肢が浮かび上がってくるのだと思います。
それは「仕事を辞めるべきかどうか」という判断の話ではなく、仕事と介護の両立を続けようとする中で、無理やしんどさが少しずつ積み重なっていく、という現実です。
仕事と介護の両立に悩む、家族のリアルな声
寄せられる相談の多くは、すでに介護サービスが導入され、ケアマネジャーとも一定の関係ができている中でのものです。
それでも、仕事と介護の両立にまつわる負担は残り続け、別の形で悩みとして表に出てきます。
安心介護には、たとえば次のような声が寄せられています。
「サービスは使っているのに、会社では介護のことを言えない」
会社に介護休暇の制度はある。上司も理解を示してくれている。それでも、周囲に介護をしている人がおらず、自分だけが休むことへの負い目を感じてしまう。
親の状態は日によって変わるため、「今日は休む必要があるのか」の判断にも迷う。
「まわりに介護をしている同僚がいなくて、この悩みを相談しづらい」
職場では仕事の話、家では介護の話。どちらの場でも、自分の本当の大変さを言葉にする場がない。
介護サービスは使っているが、通院の付き添いや急な対応が続き、「仕事」と「介護」の境界が曖昧になっていく。気づけば、心にも体にも余裕がなくなっている。
「休みの日は『家族対応の日』。もう一年続いていて、心も体も休まらない」
平日は仕事、休日は通院や役所手続き、親の身の回りのサポート。自分の時間はほとんどなく、疲れが抜けない日々が続いている。
このまま仕事を続けられるのか、それとも介護に専念すべきなのか――。介護離職という選択肢が、少しずつ現実味を帯びてくる。
こうした相談の背景に、「仕事を辞めようか」という迷いが潜んでいることがあります。
その可能性を、私たちはどこまで想像できているでしょうか。
ケアマネに届きにくい、「会社員として」のご家族の声
ケアマネとして現場にいた頃、私は「利用者本人の生活をどう支えるか」を中心に考えていました。
サービス調整、リスクの確認、医療や多職種との連携。ご本人の命や生活を守る仕事ですから、そこを最優先にするのは当然のことです。当時の私は、目の前の課題を回していくだけで精一杯でした。
現場では、ご家族の状況を伺い、できる範囲で負担の調整や相談対応を重ねてきました。
そのうえで安心介護の相談を読む中で、「会社での立場」や「仕事との両立」の悩みは、介護の相談の場では切り出しにくく、結果としてケアマネにも届きにくい側面があるのだと気づきました。
当時の私は、家族支援として状況を伺い配慮していたつもりでしたが、働き続けながら介護を担うことで生じる負担を、支援の背景として十分に言語化できていなかったように思います。
ビジネスケアラーご本人は、職場での立場や周囲への遠慮、評価やキャリアへの不安、経済的な事情などが絡み合う中で、そうした負担をうまく言葉にできずにいたのではないでしょうか。
この相談を通して、今あらためて思うこと
もちろん、介護保険制度はあくまで「要介護者本人」のための制度であり、私たちケアマネジャーも利用者本人の生活を支える立場です。
ご家族の勤務先の制度まで細かく把握したり、働き方に直接関与したりすることは本来の役割ではありませんし、そこまで背負う必要もないと思います。
ただ、支援を考えるときに、
「このご家族は、満員電車で出勤して、上司に頭を下げてからここに来ているのかもしれない」
「仕事とどう折り合いをつけながら、日々を回しているのか」
そんなことを、少しだけ想像してみる。
それだけでも、たとえば「お仕事、大変な中ありがとうございます」という声かけの温度が変わるのかもしれません。
具体的な解決策が出せなくても、世間からは見えづらいその大変さに目を向け、ねぎらいの言葉をかけること。
その一言が、ギリギリのところで頑張るご家族の気持ちをやわらげ、張りつめた気持ちをゆるめるきっかけになるかもしれません。