公益財団法人・介護労働安定センターが、2019年度の介護労働実態調査の結果を公表しました。依然として深刻な人材不足の状況がうかがえますが、加えて、現場におよぶ新たな課題も浮かびつつあります。2021年度の報酬改定との絡みも見すえつつ、介護現場がどこに向かっているのかを展望します。
ホームヘルパーの不足感は「一服」したのか?
今回の調査の実施時期は、昨年10月(1日から31日)です。昨年10月といえば、消費税10%へのアップに合わせて特定処遇改善加算がスタートした時期と重なります(最速で10月からの加算取得を目指した場合、届出は昨年8月末)。ただし、この時点で「算定しない」という事業所が約33%、「算定予定である」という事業所も約15%ある状況を考えると、同加算が調査時点での人材確保に与えた影響は限定的と考えるべきでしょう。
この点を頭に入れたうえで、今回の調査結果のうち「人材の不足感(大いに不足+不足+やや不足)」に着目します。介護従事者全体では65.3%と、前年度の67.2%をピークに約2ポイント低下しています。一方で、施設等の介護職員の不足感は、69.7%と過去最高を更新しました。全体の不足感を引き下げた職種は何かといえば、ホームヘルパーです。
もっとも、「不足感が低下した」といっても81.2%。介護職員と比べても、依然として不足感の高さが目立ちます。とはいえ、「ある事情」と照らした場合、不足感の上昇が落ち着いたという状況は別の意味を持ってきます。
訪問介護事業所の「減少」に注意すべき
この「ある事情」とは何かといえば、事業所数の変化です。この調査のちょうど1年前となる、2018年10月1日時点での訪問介護事業所数を見てみましょう(出典は、厚労省の介護サービス施設・事業所調査より)。
それによれば、訪問介護事業所はマイナス200か所の減少に転じました。地域密着型通所介護のマイナス529に比べれば少ないですが、訪問介護では、「事業所の減少」以上に水面下での「事業規模の縮小」が進んでいる可能性があります。これに合わせたように、翌年の人手不足感がやや緩和されたわけです。
確かに、事業所数が減れば(あるいは事業規模が縮小すれば)、そこで働いていたヘルパーが労働市場に流れ込むことで、人手不足感が緩和される可能性はあるでしょう。ただし、「事業所減・規模縮小分の利用者」も別の事業所に流れ、その間に高齢者数や要介護認定者数も右肩上がりが続いているわけですから、本来ならサービス需要も増えることになります。そうした中で、人手不足感が緩和方向にあるというのは違和感があるでしょう。
ここで、もう2つのデータに目を向けます。
1つは、ここ数年のサービス受給者数(1か月平均)の推移です。それによれば、2016年度をピークとして、居宅サービスの受給者数が減りつつあります。減少幅はわずかですが、先に述べたように要介護認定者数は右肩上がりなので、数字以上に「居宅サービスを使わない」傾向が強まりつつあるといえます。
「最後の砦」が機能しなくなっている?
もう1つは、やはり2018年の施設・事業所調査からですが、訪問介護や地域密着型通所介護と並んで、事業所減少が著しくなっているサービスがあることです。それは、福祉用具貸与と居宅介護支援です。居宅介護支援に至っては300以上の減少数となっています。
この2つのデータから何が考えられるでしょうか。それは、「居宅系サービスを使いたくても、コーディネートしてくれるケアマネがいなかったり、そもそも地域にサービス資源がない」という状況が生じつつあるのではないかということです。たとえば、「訪問介護を使いたくても使えない(利用までたどり着くまで手間がかかる)」となり、その結果として人手不足感が緩和された可能性もあります。
もちろん、地域密着型通所介護の事業所減なども大きな問題には違いありません。この点については別の機会にふれますが、注意したいのは、この調査後の新型コロナの感染拡大です。感染防止の観点から通所・短期入所系サービスが休止したり、利用を控えるという動きが生じる中で、いみじくも訪問系サービスが「最後の砦」の色を濃くしたことです。
つまり、すでに訪問介護の資源状況が危険水位に差し掛かっていたとすれば、地域によっては「最後の砦」が機能しない状況が広がっていることになります。今回の実態調査が示すのは、慢性化する人材不足を改めて示したというだけでなく、「(ケアマネジメントの遂行を含めた)介護資源そのものの機能不全」を物語っているのではないか──この危機意識を、2021年度の報酬改定でどこまで反映させられるのかが問われています。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。