人員基準等の一気緩和の先に…

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2021年度の介護報酬・基準改定において、居住系や施設系などで共通するテーマの一つが、人員基準などの緩和策です。介護給付費分科会でも、現場従事者の負担増などを懸念する声が上がっていた課題です。これが実施されることによる影響を改めて掘り下げましょう。

今改定の人員基準緩和等にはどんなものが?

まず、主だった人員基準等の緩和策について、サービスをまたいで整理しましょう。

(1)個室ユニット型施設の1ユニットあたり定員について、現行の「10人以下」を原則としつつも「15人以下」でも可能としたこと。

(2)特養ホームや短期入所生活介護において、センサー活用による見守り機器を全床に導入し、インカム等のICTを全職員が装着した場合に、夜間の人員配置基準を緩和したこと。

(3)(2)の見守り機器やインカム等の導入などを要件とした場合の「夜勤職員加算の要件緩和」について、機器の100%導入等を条件に、配置要件をより緩和した新区分を設けたこと。

(4)認知症GHの「3ユニット」について、「例外的」としている規定を外したこと。さらに、GHにサテライト型事業所の基準を設けたうえで、「本体+サテライト」のユニット数を最大「4」まで可能としたこと。

(5)(4)の「3ユニット」における夜勤職員の配置について。現行の「3人」を、一定要件のもとで「2人以上」に緩和可能としたこと。

緊急的な受入れニーズへの対応も視野に

上記のような人員基準の緩和だけではありません。現場従事者の負担が懸念される点では、「緊急的な利用者の受入れ」を緩和するという改定も目立ちます。対象は、GHや多機能系における「短期利用」です。

1.GHでの受入れについて、「1事業所1名」から「1ユニット1名」に緩和し、受入れ日数の特例(14日まで)も導入。また、一定条件のもとで「個室以外」での受入れも可能に。

2.小規模多機能型(看護含む)での(登録者以外の)短期利用について、「登録者が定員未満」という要件を削除。また、宿泊定員の範囲内であれば、「空いている宿泊室を利用できる」という具合に規定を簡素化。

また、小多機系では、過疎地等において市町村が認めた場合に、一定期間「登録定員や利用定員」を超えてのサービス提供も可能となりました(つまり、減算は適用されない)。

今回の緩和策に「乗る」施設等はあるのか?

もちろん、こうしたさまざまな緩和策を適用するうえでは、「他の利用者へのサービス提供に支障がないこと」が前提となります。しかし、何をもって誰の判断で「支障がない」とするのかという課題は残るでしょう。

法人側としては、必要な人員確保が難しいという事情があるとはいえ、「これらの緩和策を取り入れていいのかどうか」について迷いが生じないことはないと思います。

現実的に、従事者1人あたりの負担がどれだけ増えるのかがきちんと精査できない限り、離職を誘発しては元も子もありません。まして、新型コロナの感染拡大防止という観点からすれば、同じ職員がユニットをまたいで移動するなどといった状況は避けたいはずです。

ちなみに、今改定では(小幅とはいえ)ほとんどのサービスで基本報酬は引き上げられました。そうした状況下では、「あえて緩和策に潜んでいるリスク」に触れることはしたくない──という施設・事業所も多いでしょう。

2024年度の改定をにらんだ「布石」と考える

問題は、3年後の2024年度改定です。タイミングとしては、団塊世代のほとんどが75歳以上を迎え、利用者が一気に拡大する可能性があります。新型コロナの感染状況がどうなっているかにもよりますが、介護保険財政のひっ迫や保険料の高騰などが最大の論点となることは間違いないでしょう。

となれば、介護報酬の引き締めへと方向転換されることも予想されます。国としては、その時点でさまざまな緩和策を打ち出しても、「到底受け入れられない」という議論になることは目に見えています。だからこそ、改定率が引き上げられた今タイミングで、一気に緩和策を定めてしまう──こうした布石への思惑もどこかにあると考えていいでしょう。

今改定は「さらなる緩和」を進める土台?

いったん定められれば、労働力人口の減少と要介護高齢者の拡大がダブルで進む中、(規制改革という国の大方針も加わって)「緩和策を後戻りさせる」という議論を盛り上げることは難しくなります。そのうえで、今改定が「さらなる緩和を進める」ためのベースとされる可能性もあります。今改定のような「一気の緩和を進める」のは難しいとしても、土台があれば「そこに上乗せを図っていく」というやり方は通しやすいからです。

たとえば、今回の改定議論で、厚労省は「日中でも2ユニットの運用を可能にする」という案を打ち出しました。これは分科会委員の反対も多く実現しませんでしたが、次の議論で通しやすい土台は作られたわけです。

こうした点を考えたとき、今回のさまざまな緩和策について、「これを適用する事業所・施設はほとんどないはず」と軽視することは危険でしょう。法人として今なすべきことは、現場従事者の疲弊リスクをきちんとモニタリングし、機会を設けて地道に国に訴えていくことです。緩和策の「本丸」は2024年度改定にあることを見すえることが必要です。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。