10月からの新たな処遇改善策にも コロナ禍での視点は不可欠

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2022年初となる介護給付費分科会が開かれ、10月からの継続的な処遇改善に向けた「介護報酬上でのしくみ」が提案されました。イメージ的には、新たな処遇改善加算という位置づけです。果たして、現場の従事者が「改善」を実感できる施策となるのでしょうか

濃厚接触者の待機期間は短縮されたが…

現在、新型コロナウイルスの再拡大により、介護現場は厳しい状況に立たされています。国は、エッセンシャルワーカー等を対象とした濃厚接触者の待機期間の短縮を打ち出しました。ただし、恒常的な従事者不足に悩む現場にとって、こうした見直しだけで根本的な解決を図るのは難しいかもしれません。

ある程度「離脱期間」が短縮されても、現場従事者にとって、「いつ仲間が離脱するか(いつ自分に業務負担のしわ寄せが訪れるか)分からない」という緊張感は続くからです。都道府県による応援人員の派遣や、「感染制御・業務継続支援チーム」などによる支援が行われても、通常と異なる指示系統やチーム連携の中で、それに順応するためのエネルギーは、感染拡大下で常に要されます。

こうした緊張感の持続は、従事者自身も気づかぬうちに、じわじわと心身をむしばみます。懸念されるのは、今回の感染状況が収束したとたんに一気に反動が訪れることです。感染がもっとも拡大した第5波の例をとれば、その時期は約3か月(注.今回の収束はもっと早いという見方もあります)。今年の春から夏にかけて、介護現場におけるバーンアウトが一気に進むことも考えられるわけです。

皮肉にも、省令改正のとたんに離職者増が!?

恐らくその時期は、10月からの新処遇改善加算をめぐる省令改正などが行われるタイミングでしょう。その時点で、省令改正は現場に対する国からのメッセージとなるわけです。その点を考えたとき、その施策が「傷ついた現場」にどれだけ響くのかが問われます。

今回の施策案が、そうした状況をどれだけ考慮しているでしょうか。もちろん、月あたり平均9000円(もっとも、他職種配分を想定すれば実際はもっと低くなる可能性はありますが)という上乗せ額でも、平時であれば「その後の拡充への期待」も含めて、それなりのインパクトはあるかもしれません。

しかし、現場が上記で述べたような状況に置かれているとして、その分失望感は増しかねません。その結果、懸念されるのは、今施策が正式決定されたとたん、(国の期待とはうらはらに)従事者の離職が加速することです。

利用者は、今回の施策案をどうとらえるか?

ちなみに、10月予定の施策は「上乗せ」分が介護報酬への組み込みとなります。そうなると、利用者側の負担の問題も絡んできます。国は2022年度予算案で財政安定化基金の特例的積み増しを図っていますが、いずれにしても「サービス利用料」への影響は避けられない可能性があります。その時に、介護保険の主体である利用者はどう考えるでしょうか。

利用者の多くも「介護従事者の処遇を改善して、サービスの持続可能性を高める」ことへの理解は一定程度「ある」と思われます。しかし、それはあくまで「従事者の確保が円滑に行われる」という結果がともなってのことです。先に述べたように、加算が上乗せされた(=利用料が上がった)にもかかわらず、期待された効果が上がらないとなれば、利用者としては「納得しかねる」となるでしょう。

これにより、介護保険制度そのものへの信頼が揺らぐとなれば、それは「利用者と従事者の間の溝」も広げることになりかねません。よりよい介護サービスの根っこに「従事者と利用者の協働意識」があるとすれば、それが揺らぐことで「従事者の働きにくさ」が増すことにもつながります。この点からも、従事者の離脱圧力が高まる恐れがあります。

介護職員に報いるには、他職種の処遇改善も

再びのコロナ禍において、上記のような状況を防ぐには何が必要でしょうか。介護労働団体の一部からは、「とにかく上乗せ額が少ない」ことが指摘されています。この指摘の通り、非常時での従事者の労苦に報いるだけの金額の設定も重要なポイントでしょう。

ただし、それだけではありません。たとえば、感染拡大後の状況として、利用者の状態像の悪化(例.認知症の人のBPSDの悪化、療養状況の悪化、ADLの低下など)が想定されます。ただでさえ心身にダメージを受けている従事者にとって、こうした状況はまさに追い打ちをかけるものといえます。

その点を考えたとき、介護現場でのケア負担をできるだけ軽減するため、看護職やリハビリ職、さらにはケアマネジメントを手がけるケアマネなど外部職種との協働がそれまで以上に重要となります。たとえば、施設・居住系において、居宅の利用者の状態悪化からの受入れニーズ拡大を想定すれば、居宅側とのしっかりした情報共有などが大きなカギとなります。居宅ケアマネによる専門性の発揮が、施設・居住系の従事者に対しても、バーンアウトなどを防ぐことになるわけです。

そこで必要になるのは、特にコロナ禍における介護職員の処遇改善に向け、連携する外部の他職種の処遇改善も同時に進めることです。「今回の処遇改善策から居宅ケアマネは外す」では、本来のターゲットである介護職員の処遇改善も果たせないことになります。

コロナ禍で、介護現場がどのように動き、現場従事者が何を求めているのか──介護給付費分科会としても、年明けからの状況についての詳細な実態把握が急務といえます。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。