厚労省の介護給付費分科会および介護事業経営調査委員会で、2022年度の介護事業経営概況調査の実施案が示されています。実施時期は今年の5月、調査結果は今年12月に公表される予定です。その結果が、2024年度の介護報酬改定にもたらす影響を掘り下げます。
今回の概況調査と来年の実態調査、違いは?
まず、これから先の介護事業経営にかかる調査について整理しましょう。今年5月に実施されるのは概況調査、そして来年度(2023年5月予定)に実施されるのが実態調査です。調査時期以外で何が違うのでしょうか。
概況調査は「改定前後の2年分の収支状況」が対象です。今回実施されるのはこの概況調査で、2021年度の報酬改定をはさんで、その前後(2020年度と2021年度)の決算額を調査することになります。これに対し、実態調査は「改定後2年目の1年分の収支状況」を調べるものです。要するに、2022年度の決算額のみが調査対象となります。
これを見ても分かるとおり、概況調査は2021年度の報酬改定による影響がストレートに反映されます。一方で実態調査は、報酬改定の影響が現場に浸透していく中、介護事業の経営体力などへと、どのように波及したのといった状況が浮かぶことになります。
今年の概況調査だけで現場実態は量りにくい
上記のような比較から、今回の概況調査は、いわば「2021年度改定の効果が、当初の狙い通りに発揮されているか」を示すものといえます。たとえば、常に収支差率の低さが問題となる居宅介護支援において、基本報酬等の引き上げ等で収支差率がどれだけ改善したかが評価されることになります。
もっとも、基本報酬は上がっても、たとえばケアマネ実務も「新たな基準上の義務化(利用者への説明責任の範囲拡大など)」によって大きくなっています。業務負担と処遇とのバランスを整えるには、事業者側のコスト負担などが増していく可能性もあります。
その結果として、事業所の経営体力がどうなっていくか──これを精査するのが、2023年に実施される実態調査と位置づけられます。概況調査だけで、「経営状況が改善されている(報酬改定の効果が上がっている)」と判断するのは早計であることに注意が必要です。
仮に、今回の概況調査だけで財務省などが「報酬の引き下げ」を主張してきたとしても、それは現場のさまざまな実情(ケアマネ1人あたりの働き方がどう変わったか、など)に沿っていない恐れが強いわけです。とはいえ、財務省などは早々に財政コントロールを図ろうとするわけですから、概況調査による「収支改善の状況」をクローズアップさせてくることを想定しなければなりません。
財務省が指摘している「特別損益」について
その財務省との「やり取り」に関して、来年の実態調査に向けて、気になる布石が打たれています。それが、今回の概況調査案でも取り上げられている「特別損失」の項目です。
「特別損失」というのは、ひと言で言えば「臨時的に発生した損失」ですが、介護事業経営の実態調査においては「事業所から本部への繰入れ」が対象となっています。一方で、事業の損益計算では「特別利益」もあります。これは、特別損失とは逆に「本部から事業所に繰り入れられる」などの利益を指します。
実は、過去の実態調査において、前者の「特別損失」は反映されているものの、「特別利益」が反映されていない点が問題となりました。指摘したのは財務省の財政制度等審議会で、上記の点をもって「(実態調査の結果における)収支差に偏りがある」としました。
そのうえで、財政制度等審議会の(2021年度予算の)建議では、「特別損益を除いた介護サービス施設・事業所の収益率は高い」というデータを示しています。特にやり玉に上げられたのが訪問・通所介護で、「全産業を上回っている」というデータも同時に掲げています。これが、2021年度の報酬改定率上昇が抑えられた要因の一つと見てもよさそうです。
「報酬引き下げ」論が一気に高まる懸念も?
この財務省側の指摘を受け、厚労省は「特別損失および特別利益の現状について、別途実態を精査する必要がある」としています。つまり、来年に実施予定の介護事業経営実態調査において、この財務省指摘の項目を反映させるかどうかが明らかになるわけです。
気になるのは、この「事業所から本部への繰入れ」が、どの程度あって、どのような経費に使われているのかという点でしょう。それによって現場運営が影響を受けているとするなら、今後の介護給付費分科会(介護事業経営調査委員会)で明らかにしつつ、対応策を検討する必要も出てきます。
問題は、この損益計算上の課題が一人歩きをする中、「2024年度の介護報酬は引き下げるべき」とする財務省などからの主張が力を持つようになる可能性です。すでに、少子高齢化の中で「現役世代の保険料を抑える」ことへの主張は大きくなっています。ここにダメ押し的な要素が加わりかねないわけです。
となれば、介護報酬のあり方を議論するうえで、「各調査による収支差率」だけを主な指標にしていいのかどうかが問われます。コロナ禍での介護現場の負担がますます高まる中、真の実態をいかに報酬改定議論に乗せていくか、そして、適正な現場報酬を被保険者に納得してもらう道筋をいかに築くか──今から業界・職能団体の知恵の結集が求められます。
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◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。