一気に進んだ「円安」等を背景に、今年に入ってから消費者物価の指数が上がり続けています。すでに介護現場でも、少なからぬ影響がおよび始めました。今後の経済政策の動向にもよりますが、物価上昇がこのまま続いた場合、2024年度に向けた介護保険見直しの議論を左右する可能性もありそうです。
今年に入ってから物価指数の上げ幅は上昇中
総務省統計局のデータによれば、消費者物価指数(生鮮食品を含めた総合)の2022年3月値は、前年同月比1.2%の上昇となっています(東京都区部の4月中旬の速報値は+2.5%)。ちなみに今年1月からの前年同月比の推移は、1月「0.5%」→2月「0.9%」→3月「1.2%」と上げ幅がどんどん大きくなっています。なお、このあたりの前年同月期はほぼ水平状態なので、純粋に物価上昇が著しくなっていると見ていいでしょう。
こうした物価の急上昇は、これから介護現場にもじわりと影響をおよぼすことになりそうです。そこで注意したい視点は2つ。1つは、利用者の生活状況。もう1つは、事業所のコスト増にかかる経営への負担です。
前者の場合、利用者の節約志向が働く中で、食費を削ったり介護サービスの利用頻度を抑えるといった行動につながりかねません。特に、これから夏場にかけてエアコン等の使用が増えれば、光熱費は自然と上昇傾向に入ります。その分の家計をどうまかなうかとなった時に、食費や介護サービスの利用にさらなるしわ寄せがおよぶことも懸念されます。
食費の節約がもたらす高齢者の低栄養リスク
2019年度に内閣府が行なった「高齢者の経済生活に関する調査」によれば、過去1年間の大きな支出項目(複数回答)のトップは「食費」で、59.4%と抜きん出ています。次いで、「水道光熱費」および「保健・医療関係の費用」が、ともに33.1%となっています。
このように、食費も(保健・医療関係の費用となる)介護サービスの利用料も、高齢者世帯ではともに比重の高い支出です。いずれも「必須」だからこそ、「大きな支出項目」になるという見方もあるでしょう。しかし、その負担感が一定レベルを超えたとき、「支出項目として大きいからこそ、節約しよう」という思考が働きがちな部分でもあります。
たとえば食費の場合、高齢者は概してエネルギー消費量が少なくなるため、食事の回数や一食あたりの分量・品数を減らすことに抵抗が薄らぎがちです。結果として、本人の無意識のうちに低栄養リスクが高まります。
高齢者の低栄養リスク(特にタンパク質の不足)は、筋力低下によるADL状態の悪化(さらには転倒事故等の増加)や、免疫力の低下にともなう感染症リスク・持病の悪化リスクの増大にもつながりかねません。いずれにしても、要介護状態を悪化させる要因です。
介護サービス利用の抑制にもつながる恐れ
物価上昇で、生活必需品や日用品にかかる支出が増大すれば、医療や介護にかかる支出を抑えるという思考も生じやすくなります。特に居宅での訪問・通所系サービスについては、(その重要性の認識にもよりますが)施設等入所にかかる費用や医療費よりも先にメスが入りやすい傾向があります。
もちろん、多額の費用がかかる場合、高額介護サービス費による還付はあります。ただし、2021年8月からの月あたりの自己負担限度額の引き上げがじわりと重荷になっている世帯もあるでしょう。物価上昇が際立ってくる中で、たとえば「通所介護の回数を減らす」といった意向が強くなることも考えられます。
そうなれば、先の食費の節約による低栄養リスクの拡大も加わって、国が推し進める自立支援・重度化防止の効果も十分に発揮されにくくなります。これは、中長期的に見れば、社会保障費の増大につながり財政悪化をもたらす要因となりかねません。
現在、財務省などは、2024年度に向けて「介護保険の2割負担の拡大」を目指しています。しかし、物価高という現状を見すえれば、拙速な議論は「介護保険財政等をかえって悪化させる」という認識も必要でしょう。
コロナ禍のかかり増し経費に上乗せコストも
もう1つ、介護現場にとって物価上昇が大きく影響するのは、サービス提供側の運営コストの増大です。送迎時のガソリン代や水道光熱費の上昇は、すでに事業所・施設の経営にとって大きな圧迫となっています。ここに備品等にかかる諸経費の上昇が上乗せされれば、コロナ禍での「かかり増し経費」に上乗せされる形での危機が浮上しかねません。
過去の消費増税時では、経費の増大に対応した報酬改定が随時行われてきました。仮に前年同月比で2%台にかかるような物価上昇に至るとなれば、それは消費増税時とほぼ同じ環境が生じることになります。当然、臨時の報酬改定なども、政府の経済対策の一環として議論されるべきでしょう。
このように「物価上昇」という厳しい環境変化は、介護などの国民のセーフティネット基盤を大きく揺るがしつつあります。家計負担や事業所の撤退・閉鎖で「利用回数を減らさざるを得ない」となれば、家族の介護負担にも大きく影響するでしょう。つまり、「介護資源の危機=高齢者の問題」ではなく、現役世代も含めた国民全体の問題となるわけです。
間もなく厚労省の介護保険部会もスタートしますが、今回の物価上昇という課題も不可欠なテーマとなるはず。施設・事業者団体や当事者団体などからのアピールも増えていく中で、国がどう受け止めるかが問われます。
【関連リンク】
財務省、介護の利用者負担の"原則2割"を重ねて主張 「制度の持続性の確保を」|ケアマネタイムスbyケアマネドットコム
【総務省の消費者物価指数の資料】
統計局ホームページ/消費者物価指数(CPI) 東京都区部速報(最新の月次結果の概要) (stat.go.jp)
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。