財務省の財政制度分科会が、介護保険制度の改革を含めた建議を取りまとめました。すでに審議会の議論で提示されたものが中心ですが、厚労省側の審議会にも大きなプレッシャーとなってくるでしょう。その「実現可能性」という点で、特に注目したいテーマの一つが「介護事業経営の大規模化・協働化」です。
次の制度見直しで実現可能性が高いのは?
なぜ上記のテーマが「実現可能性が高い」のかといえば、2割負担者の範囲の見直しやケアマネジメントへの利用者負担導入、要介護1・2の訪問・通所介護の総合事業への移行というテーマは、これまでも厚労省の審議会で決定に至らなかった経緯があるからです。
現政権が全世代型の社会保障(高齢者と現役世代のバランス強化)を打ち出す中では「今度こそ」という観測もあるでしょう。ただし、最近の急激な物価上昇などを背景に、負担増関連はトーンダウンすることも考えられます。
これに対し、政府が6月中の取りまとめをめざす「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)2022」の原案で具体的に明記されているのが、冒頭で述べた「経営の大規模化・協働化」です。厚労省側の社会保障審議会でも、各種負担増を阻止する動きの一方で、「制度の持続可能性のために同案を受け入れる」という流れが生じる可能性もあります。
もっとも、この案は決して「介護報酬の上昇抑制、さらには引下げ」と連動していないわけではありません。現場としては、この点をまず頭に入れておく必要があります。
「経営の大規模化・協働化」案の背景と中身
では、財務省などが目指す「経営の大規模化・協働化」の内容とは何でしょうか。まず、財務省側が前提としているのが、規模の大きな事業所・施設や事業所の数が多い法人ほど「平均収支率が高い」など規模の利益(スケール・メリット)が働き得るという点です。建議の資料内では、通所介護および特養ホームを対象として、規模が大きいほど収支率の上昇が見られるデータが示されています。
また、小規模事業所等の協働化という点では、コロナ禍の状況が指摘されています。たとえば、第6波以降に感染者の施設内療養が進められた結果、従事者が感染したり濃厚接触者となることで、人員不足によって地域の介護資源が危機的状況に陥りました。
この状況を取り上げたうえで、小規模事業所等の協働化が図れれば、いざという時に人員・物資にかかる相互支援が行ないやすくなることを示唆しています。さらに、業務効率化の観点から、事務処理等を事業所の枠を超えて共同化させることなども視野に入ります。
ちなみに、こうした改革で目指されているのは、非効率な経営や緊急時の過剰なコスト増などを避けることです。財務省側としては、これにより「介護報酬の抑制」を進めやすくするという意図があるのは間違いありません。
すでに厚労省側が打ち出している施策を確認
ここで押さえておきたいのは、小規模事業所等の「協働化」に向けては、すでに厚労省もさまざまな施策を打ち出していることです。
たとえば、2020年の社会福祉法改正で誕生した「社会福祉連携推進法人」。今年4月から施行されていて、地域の社会福祉法人やNPO法人などを社員としつつさまざまな業務連携を目的とした法人を認定するしくみです。
また、これとは別に厚労省の社会・援護局関連の事業として「小規模法人のネットワーク化による協働推進事業(以下、協働推進事業)」があります。複数の社会福祉法人などが参画するネットワークを構築し、別法人等による共同事務の実施や従事者の確保・定着にかかる連携の推進を図るというものです。このネットワーク構築に助成などが行われます。
ちなみに、2022年度からは、上記事業において「社会福祉連携推進法人の設立支援事業」がメニューに加わりました。これにより、社会福祉連携推進法人の設立準備に向けた合同研修会なども助成の対象となります。
財務状況の公表義務化というステップの先に
このような厚労省側の取組みを、財務省側はどう見ているのでしょうか。先の建議では「社会福祉連携推進法人制度の積極的な活用を推進していくことはもとより」という具合に、それだけでは不十分という姿勢が見られます。その先に求めるものがあるわけです。
それが、「効率的な運営を行なっている事業所等をメルクマール(指標・基準)として介護報酬を定めていくことも検討してくべき」という内容です。たとえば、効率運営の好事例を集積したうえで、そうした事例を基準に介護報酬を設定するなどが想定されます。
あくまで「検討していくべき」なので、強い求めではありません。しかし、その前段として、「非効率な経営を放置」を抑制する施策や、「小規模事業所の協働化」をうながす施策を暗に求めていると見た方がいいでしょう。
ちなみに、建議では「介護事業所・施設の財務状況の報告・公表の義務化」を求めています。これは内閣府も取り上げている提案なので、実現される可能性は高いといえます。
そのうえで、財務状況が不安定な小規模事業所などに、基準上で「経営の協働化」をうながすしくみが設けられるかもしれません。つまり、財務状況によって「協働化」が行政指導の対象となってくるわけです。特に小規模事業所としては、他事業所との間で「どのような協働化が図れるのか」を今から模索することが必須となっていきそうです。
【関連リンク】
要介護2以下の訪問介護、通所介護は総合事業に 財政審、提言を政府へ提出|ケアマネタイムスbyケアマネドットコム
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。