6月7日、政府が「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2022」を閣議決定しました。一読して目につくのは、やはり横文字の多さです。重点分野でのGXやDX、社会保障分野ではデータヘルス改革に関するPHRなど。コロナ禍や物価高で疲弊する国民生活や介護現場にどう響くでしょうか。
現場改革や基盤整備を実現する手段とは?
介護分野においては、「各種保険制度における負担能力に応じた負担のあり方」などの検討を進めつつ、「介護サービスの基盤整備等を進める」、「公的価格費用の見える化に取り組む」、「機能分化と連携を一層重視した医療・介護提供体制等の国民目線での改革を進める」などが示されています。
負担のあり方については、財務省などが「2割負担の範囲拡大」や「ケアマネジメントへの利用者負担導入」などをあげています。こうした負担増に報いるだけの「基盤整備」や「サービス提供体制の改革」、従事者に対しては「処遇改善」を進める──これらを大きな道筋と位置づけていることになります。
ただし、後期高齢者の増加や労働力人口の減少という状況に直面する中で、上記のような道筋を築くのは困難をともないます。そこで求められるのが、改革の具体的な手段です。そこに、冒頭で述べたさまざまな横文字が登場するという構図が浮かんできます。
今さら聞けない? DXとは? PHRとは?
DX(デジタル・トランスフォーメーション)については、介護現場の業務改革などに際して見聞きすることが増えました。簡単に言えば、AI(人工知能)などのデジタル技術を駆使して、一つひとつの業務だけでなく、現場の風土そのものを改革していくことです。
つまり、ICT等を活用して業務の負担軽減を図るだけでなく、働き方そのものを変え、新たな価値を創造することを意味します。たとえば、介護へのAI導入により、利用者の自立支援や尊厳保持の効果を飛躍的に高めるなどのビジョンが含まれていることになります。
では、PHRとは何でしょうか。これは、パーソナル・ヘルス・レコードのそれぞれの頭文字を取った用語で、「個人の健康・医療・介護に関する情報」を指します(公益財団法人・長寿科学振興財団のHPより)。これらの(主にデジタル化された)情報を個人や家族が把握することで、日常生活の改善や健康増進につなげることが目指されています。国民の健康寿命を延ばすことによる、社会保障費の節減が視野に入っていることになります。
個人や家族への情報提供に際しては、マイナポータルを通じたしくみが想定されています。マイナポータルとは、政府が運営するオンラインサービスで、原則としてマイナンバーカードによる活用を前提としています。
LIFE情報の活かされ方も変わってくる?
このPHRですが、もともと骨太の方針2019等でも示されたもので、基盤となる健康・健診情報について2022年度をめどに標準化された形でデジタル化して蓄積することが目指されています。厚労省内でも、その実現に向けた検討会が催されてきました。
もっとも、これだけではピンとこない人も多いでしょう。つまり、どれだけの国民がこのしくみを使いこなすことができるのか。「マイナンバーカードの普及」ありきの施策ではないのかという疑念も浮かぶからです。
ちなみに、今回の骨太の方針では、PHRの推進とは別に「全国医療情報プラットフォームの創設」がかかげられています。これは、レセプト・特定健診情報に加え、電子カルテ等の医療全般にわたる情報について、共有・交換できる全国的なプラットフォーム(基盤)を指します。方針内の注釈によれば、ここには「介護の情報」も含まれます。
介護の情報、特にデジタル化された情報となれば、連想されるのがLIFEの情報です。これにより、医療側としてはLIFE登録された介護側の情報を、介護側としては利用者の特定健診情報や電子カルテ情報などを共有する環境も一気に整うことも見込まれます。
いずれは先のプラットフォームで蓄積される医療・介護の共有情報についても、PHRを通じて利用者本人や家族からのアクセスも容易になるかもしれません。その点で、介護サービスを利用する立場から、重度化防止への意識向上を高めるという狙いも垣間見えます。
「線路」は敷かれた。だが、向かう先はどこ?
それでも、現場としては「自分たちの仕事はどのように変わるか」について、イメージしにくい部分も多々あるのではないでしょうか。介護現場のDXなど目の前に敷かれている「線路」は見えても、それがどこに向かっているのかという実感が乏しいからです。
確かに、現場のDXを進める事業所・施設からは、利用者の自立支援や尊厳保持が「目に見える形」で改善されたケースも数多く報告されています。そうした価値を現場が手にし、社会的にも評価されるという期待が明確であれば、現場の意欲も増すかもしれません。
しかし今方針では、向かう先のイメージは明確に見えてきません。デジタルデータを集積して利活用を図る──というビジョンはあっても、それが現場にどのような価値を生み出すかという核心がぼやけているからです。
LIFEにしても、「加算がとれるから」という理由で対応してはいても、その先にどんな介護の未来があるのかを、どれだけの人が明確な形で描けているでしょうか。今回の骨太の方針において考えるべきは、国のトップが発する「言葉」のあり方なのかもしれません。
【関連リンク】
政府、骨太の方針など閣議決定 介護職員の更なる処遇改善を明記|ケアマネタイムスbyケアマネドットコム
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。