「骨太の方針2022」からも分かるとおり、保健医療分野で政府が力を入れているのが、データヘルス改革です。先のニュース解説で、マイナポータルを活用したPHR(個人の健康等の電子情報を本人・家族が把握するしくみ)について取り上げましたが、ここには将来的に介護分野の情報も加わってきます。
国の進めるデータヘルス改革の工程表では…
厚労省が昨年6月に公表した「データヘルス改革に関する工程表」では、個人の健康等の情報について、マイナポータルを活用して本人や家族がスマホ等で閲覧できるようになるスケジュールが示されています。
現時点で閲覧できる情報としては、特定健診(後期高齢者健診含む)、過去に処方を受けた薬剤、予防接種に関する情報などがあります。ここに、今年の夏から電子処方箋や手術・透析等の情報が、2024年度からは検査結果や告知済の傷病名などの情報が加わります。
そして、2024年度から順次対象となるのが介護に関する情報です。介護分野で電子化された情報といえば、思いつくのは2021年度から本格稼働しているLIFEへの登録情報でしょう。その情報をそのまま活用するかどうかは、今後検討されることになります。
その場合、LIFEとは連動しつつも異なるシステムになる可能性もあります。とはいえ、「利用者の状態やケアに関する情報」を利用者・家族がスマホ等で直接確認できるという時代がやってくるのは間違いありません。
入手情報の急拡大で利用者の反応も変わる!?
利用者の状態やケアについての情報を、本人・家族が「いつでも閲覧できる」という環境が整ったとして、サービス提供側としては、どのような心づもりが必要になるでしょうか。
現状のLIFEでも、利用者や家族が求めれば、サービス提供側は情報を開示しなければなりません(省令上の「サービスの提供の記録」の規定より)。その点では、マイナポータルによって情報を閲覧するケースと、根本的には変わりがないように思われがちです。
しかし、スマホ等でいつでも確認できるとなれば、「情報開示を求める」という心理的なハードルが低くなります。つまり、当事者が自身(あるいは利用者となっている家族)の情報に接する機会は、大きく広がることになるわけです。情報入手のすそ野が広がれば、当然ながら本人・家族からのリアクション(反応)も多様化することが考えられます。
たとえば、LIFEのフィードバック情報は、経時的なデータも示されます。これが閲覧可能となった場合、「ADL等の変化の見える化」が進むわけですから、「機能訓練等の効果が上がっているかどうか」が一目瞭然となります。本人・家族から、サービスに対する厳しい評価の目が注がれる可能性が高まります。
利用者側の極端な評価が現場にもたらすもの
もちろん、介護保険の利用者の場合、老化による自然の成り行きとして筋力等は落ちやすくなっています。こうしたバイアスがかかることで、ADL等が目覚ましい右肩上がりを見せるというわけにはなかなかいきません。
ところが、こうした理解が本人や家族に不十分な場合、自立支援にかかるサービスの効果をどこまで正しく評価できるかが課題となる場面も出てくるでしょう。特に介護負担に負われる家族としては、「本人に早く昔のように元気になってもらいたい」という意識が強く、性急な結果を求める心理が働きがちです。
そうなると、時として、「効果が上がっていない=サービスの質が悪い」といった極端な判断が利用者の家族等に生じる可能性もあります。特に、次の制度見直しで利用者負担が上がる(ケアマネジメントへの利用者負担の導入なども含む)可能性がある中、ただでさえサービス提供側への風当たりは強くなりがちです。サービス提供側にとって、利用者との信頼関係が築きにくくなりかねません。
結果として、強いプレッシャーを受ける現場の負担・疲弊が増すことにより、サービス効果はかえって低下するという悪循環が生じる──そうした懸念も浮上します。
現場コミュニケーションの再構築も必要に
こうした状況を見すえれば、情報の閲覧ハードルが下がると同時に、サービスの計画段階から「利用者・家族の理解」を深めるためのコミュニケーションの質が今まで以上に問われることになるでしょう。
特に、利用者・家族から直接的なリアクションを受けやすいケアマネ、相談員、サービス提供責任者等は、データヘルス改革が進む時代において、コミュニケーションのあり方を根本から考え直す必要がありそうです。
冒頭の工程表では、2023年度の後半までに「しくみの検討」を行ない、その後に「システム要件の整理」や「システム改修等」が行われる予定です。その際に、どこまで利用者・家族の情報リテラシー(情報を正しく読み解ける力)を養うことができるか、そのために何が必要か──などをスルーせずに議論していくことが求められます。
業界団体・職能団体としても、膨大な電子情報を利用者が享受するとなった場合、現場スキルアップやそのサポートについて考える必要があります。もちろん、そうした現場の取組みに応えるだけの報酬上の評価も不可欠です。利用者側には主体的に情報を手にする権利はありますが、それに呼応できる現場の体制づくりも同時に考えなければなりません。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。