厚労省から、「介護現場における生産性向上の取組み、ICTの導入促進に向けた資料について」の通知が発出されました。開発・改訂されたツールやガイドラインのリンク先を示したものです。こうしたツール等について、現場の受け止め方・活かし方を掘り下げます。
人員基準緩和等の動きがどう絡んでくるか?
折しも7月25日開催の介護保険部会では、「介護人材の確保、介護現場の生産性向上の推進について」がテーマに上がりました。提示された資料内では、総合的な介護人材確保策などに加え、「地域における生産性向上の推進体制」についてもふれています。
こうした制度見直しに向けた議論のタイミングで、今回の通知が発出されたわけです。現場としては「リンク先で示されたさまざまなツール等が、制度にどのように組み込まれていくのか」が気になるところでしょう。
厚労省としては「制度への反映」を拙速に進めることは想定していないかもしれません。しかし、規制改革推進会議の答申等で、ICT活用や介護助手の活用による「特定施設等の人員配置基準の特例的な柔軟化」が示され、先の介護保険部会でも論点となっています。
そうした中で、厚労省による「生産性の向上」等の取組みにかかる普及・啓発が進められても、現場としてはさまざまな憶測が絡みやすくなります。皮肉なことに、そうした憶測の絡みが「現場の生産性向上」の推進そのものの足を引っ張りかねないわけです。
同じ「現場」でも立場によって考え方に差が
もちろん、現場としては「従事者不足による現場負担の増大や利用者ニーズへの対応困難な状況を何とかしたい」という共通した悩みはあります。しかし、その解決によって目指す「地点」となると、同じ「現場」でも立場によって考え方が微妙に異なりがちです。
たとえば、現場従事者の立場であれば「何よりも業務の負担軽減を図ること」が主テーマであり、「人員配置基準の話」などとは切り離して考えるべき──が本音でしょう。
一方、事業主や法人トップの立場では、やはり「業務の負担軽減」は求めつつも、「人員配置基準等の緩和」をセットで見すえるケースも増えてきます。その緩和策のとらえ方は千差万別としても、中長期的な労働力人口の減少というトレンドもある中で、「従事者確保の環境はおいそれと改善できない」という見方が根強く流れているからです。
さらに、「現場」の概念を広げた場合、自治体側の思惑も無視できません。、こちらは、生産性向上にかかる各種事業を直接推進する立場となります。事業主・法人トップ以上に「労働力人口の減少」を明確な施策課題としつつ、介護保険事業(支援)計画上の「介護資源の確保やサービスの質向上を目指す」という強いミッションを携えています。
「介護価値の創出」はどこまで共有できる?
このように、3つの「現場」で向いている方向に微妙な違いがある中、重要なのは、この違いを乗り越えつつ共有すべき理念をしっかり定めることでしょう。
実際、厚労省の手引き等でも、現場従事者からのボトムアップや事業所における業務改善の意義の共有などの重要性を強調しています。都道府県に対しても、地域の関係団体をまじえた「介護現場革新会議」の開催などのパイロット事業を展開しています。
こうしたさまざまなコミュニケーションの場を活かしたうえでの「共有すべき理念」とは何でしょうか。それは、介護の社会的価値を高めることに他なりません。現場従事者の立場でいえば、「自分たちが日々流している汗が、地域社会にとって不可欠な価値を生み出している」と実感できることです。
ここで注意すべきは、その「価値」を評価するのは、国でもなければ自治体でも事業者でもなく、当の利用者だということです。その当事者による評価を「現場」が受け止めたうえで、「自分たちの実践が正しいか否か」を確認することが不可欠となるわけです。
介護業界が明確にしたい「余力マネジメント」
この「確認(利用者の意向に沿った課題解決が図られているか)」を間近で行なうのは、現場の従事者です。その確認には、利用者との継続的な寄り添いが必要であり、大きなエネルギーを要します。従事者にそれなりの余力がなければ、できることではありません。
産業界の一部では、この従事者の「余力マネジメント」が企業価値の創出に不可欠とする考え方も見られます。介護業界も、この点をもっと明確にするべきではないでしょうか。
そもそも、「生産性の向上」という考え方が介護業務に向いているのかという点は、かねてから議論になっています。厚労省は「業務改善により、利用者に向き合う時間を増やす」ことを目指すとしています。確かに、これもインプット(限られた人的資源)に対するアウトプットの増大(介護の価値)という点では、「生産性の向上」と言えるのもしれません。
しかし、コロナ禍で疲弊する現場従事者にとって今必要なことは、「インプットに対するアウトプットの増大」よりも、「インプットの余力を作ること」にあるはずです。そこに光を見出してこそ、「アウトプットの増大」に向けたエネルギーが創出できるものでしょう。
そう考えたとき、事業所単位での取組みとしては「生産性の向上」ではなく、まずは「余力の創出」といったスローガンから入ってはどうでしょうか。単なる言葉の違いではありますが、今必要なのは「現場従事者に響くメッセージ」であることを考えたいものです。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。