予算方針で明記された「利用者負担見直し」 このタイミングでなぜ? その先の狙いとは

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介護保険制度の見直しに向けて、内閣府や財務省からのプレッシャーが強まっています。内閣府の経済財政諮問会議が、2023年度予算の概算要求に向けて示した「予算の全体像」では、「介護保険の利用者負担増」も明記されました。このタイミングでの「利用者負担」にかかる明記の意味を掘り下げてみましょう。

2023年度予算の方針で明記することの意味

2023年度予算については、今年の8月いっぱいが概算要求の期限です。その後に省庁間の折衝が行われ、年内に予算案が閣議決定されます(緊急的な施策が要される場合は、前年度の補正予算が組まれることもあり)。

このスケジュールで行くと、予算案の閣議決定は、介護保険制度の見直しに向けた介護保険部会の議論の取りまとめとほぼ同時期となります。タイミングだけ見れば、政府内の予算編成の動きが、介護保険部会の議論にも影響を与える可能性があるわけです。

ただし、介護保険部会の取りまとめが制度に反映されるのは、2023年に国会で審議される介護保険法の改正後となります。改正法施行の中心は2024年度からで、利用者負担にかかわる内容は前年の所得等が反映される8月となるのが想定されるスケジュールです。

この点を考えると、2023年度予算の執行と2024年度からの介護保険の見直しは、実際は1年のズレがあることになります。となれば、このタイミングでの予算方針の中で、「利用者負担」の話にあえてふれるというのは、かなり強い思惑があると考えるべきでしょう。

政府の「前のめり」感とともに矛盾も大きく

実際、過去(2013年以降)の経済財政諮問会議での各年度の「予算の全体像」を見ても、今回のように「利用者負担見直し」という具体的な論点を明記したものはありません。あくまで、「社会保障の給付と負担の適正化」への言及などにとどまっています。

こうした点からも、今回の明記の異例さが目立ちます。言い換えれば、内閣府や財務省の「前のめり」が際立っているわけです。

一方で、「前のめり」になるあまり、ここで「利用者負担見直し」を明記することが、今回の「予算の全体像」の整合性に微妙な影を落としていることは否定できません。

たとえば、「マクロ経済財政」のあり方として、当面のエネルギー・食料価格高騰による物価上昇・家計負担増大への対応を掲げています。「家計負担増大への対応」を打ち出しながら、「利用者負担見直し」を明記するのは、どうしても矛盾が生じがちでしょう。

また、政府は若年世代への施策の一環としてヤングケアラー支援に力を入れていますが、彼らが「介護者」となる中での「利用者負担見直し(特に「相談機会」に影響を与えかねないケアマネジメントへの利用者負担導入)」の強調も、政府としての方向性のバラつきを際立させている一因と言えます。

「利用者負担見直し」の先にあるもの

当面の国政選挙も終わり、多少の矛盾を包含しても「歳出改革」の号令を出しやすくなったという状況もあるのでしょうか。そうした機会に乗じて、社会保障審議会へのプレッシャーを強めようとしているのかもしれません(もっとも、社会保障審議会の議論そのものの中立性を侵すことはできませんが…)。

いずれにしても、2024年度の介護保険制度の見直しの柱として、「2割負担の拡大」と「ケアマネジメントへの利用者負担の導入」が改めて浮かんできたことは間違いありません。

注意したいのは、それだけではありません。政府が目指すこの2つの柱を中心に、その周囲を見渡していくと、次の介護保険制度のあり方をどう見直していくのかという、より広い全体像もうかがうことができます。

注目したいのが、「利用者負担見直し」と併記されている以下の内容です。それが、「セルフメディケーションの推進、ヘルスリテラシーの向上、インセンティブ付けなどを通じた、予防・重症化予防・健康づくりの推進」です。

重度化防止をデジタル化による自助で…?

セルフメディケーションとは、世界保健機構(WHO)の定義によれば、「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てすること」を指します。

セルフメディケーションと聞いて思いつくのが、ドラッグストアで購入する医薬品の一部(OTC医薬品)が税金控除される「セルフメディケーション税制」でしょう。しかし、ここでの「セルフメディケーション」は、介護保険との関連で記されているので、より広い意味にとらえることができます。

続く「ヘルスリテラシー」は「自分に合った健康情報を使える力」のこと。「セルフメディケーション」と併せると、要するに「できるだけ自助による重度化防止」ということです。そのうえで、ここに「(当事者への)インセンティブをつける」ということになります。

その延長に「利用者負担見直し」の話が出てくるとなれば、「利用者負担を見直すことで、できるだけ自助による重度化防止を目指すという啓発につなげたい」という考え方が浮かびます。深読みすれば、「利用者負担の見直し」そのものを、利用者への逆インセンティブと位置づけるビジョンもうかがえるわけです。

政府が推進するマイナポータルの活用も含めて、社会保険による共助からデジタル化による自助への流れ──これが、今の政府が目指す介護施策の本筋ではないでしょうか。「利用者負担の見直し」という1つの負担増にとどまらず、その先にもっと大きな改革があるという視点を持つ必要もありそうです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。