相模原市の「津久井やまゆり園」で、元職員(殺人罪で死刑が確定。再審請求中)によって入所者19人が殺害された事件から6年が経過しました。裁判を通じて明らかになった加害者の障害者への考え方は、「人の尊厳」が薄く偏った価値観によってないがしろにされる社会を映し出しているのかもしれません。
裁判を通じて加害者が語っていたこと
裁判で、加害者は以下のような発言をしています。「重度障害者を『安楽死』させる世界が実現すれば、重度障害者に使われているお金を他に回すことで世界平和につながる」というものです。あまりにも荒唐無稽と言わざるを得ませんが、経済的な合理性だけが求められがちな今の社会において、どこかで賛同しがちな風潮が強まっている感もあります。
経済的な合理性といえば、「限られたコストで最大限の効果を上げる」という生産性の向上がよく語られます。こうした主張は、経済界だけでなく、国の財政面などでも声高にとなえられています。そして、国民の命と健康に直結する行政の場である厚労省でも、たとえば「介護現場における生産性の向上」が当たり前のごとく語られるようになりました。
もちろん、冒頭の事件の加害者が語っている話とは「文脈が違う」となるのでしょう。しかし、「限られた予算」つまり「お金の使い方」という点では、気味の悪いほど似通っていると感じることはないでしょうか。
利用者の幸福感を一方的に評価していないか
なぜ「似通っている」と感じてしまうかといえば、生産性を図るうえでの「費用対効果」の中の「効果」において、明確な指標の多くが「利用者の自立」に焦点を当てているからです。そして、「自分でできることが増える」ことが、その人にとっての幸福感につながるという理屈が語られるシーンも目立ちます。
確かに「自分でできる・している生活」の範囲が維持・拡大できることは、その人にとっての幸福感につながる大きな要素であることは違いないでしょう。しかし、それが「できない」から、その人は幸福感が得られていない──と考えるのは明らかな間違いです。
その人にとっての「幸福感」とは、あくまで主観的かつ多様性のあるもので、他者によって評価されるものではありません。介護従事者等の支援者の役割とは、あくまで当事者にとっての幸福感を理解・尊重し(この場合の「当事者にとっての」とは、社会の空気にも強要されていないということです)、それを持ち続けられるように支えることです。「幸福感とはこういうものだ」という一方的な評価は、重大な人権侵害にもつながります。
介護を「経済効率」で測る風潮はないか?
多くの介護従事者にとって、「そんなことは当たり前のこと」でしょう。しかし、日々利用者をさまざまな指標(ADLや栄養状態、認知症のBPSDなど)で評価することを求められ、その結果が「サービスの質」の効果として突きつけられています。制度上では、報酬という「お金」に直結するしくみとして、常に意識づけられていることになります。
つまり、結果として「お金に直結するしくみ」が「効果」として位置づけられることにより、介護現場で費用対効果を上げることが、いつしか「経済効率を上げること」へ意識転換が図られやすい環境になっているわけです。
現場従事者がいくら「介護は経済効率で量ることはできない」という信念を持っていても、法人内に「加算を取るための自立支援」という空気がまん延した時、無意識のうちに人権意識にゆがみが生じる可能性もあります。
制度の水面下で「介護の経済効率」と言う考え方が根深く浸透してくれば、ここに「生産性の向上」という施策スローガンが入ってくると、「利用者の存在」そのものを生産性の対象と見てしまう風潮も生まれかねません。
現場従事者はそうはとらえていなくても、社会全体の風潮として「自立に向けて頑張らない高齢者は財政を悪化させる『非効率な存在』」と見る考え方も浮上しかねないわけです。
「たかが言葉」が生み出す誤ったメッセージ
厚労省にすれば、「そんな意図は毛頭ない」と反論するかもしれません。厚労省が発する介護現場の生産性の向上とは、「労働力人口が減少する中で、現場の業務負担をいかに減らして、利用者の人権尊重に取り組むだけの従事者の余裕を創出すること」だからです。
しかし、言葉というのはデリケートなものです。その時々の施策の現実との組み合わせによって、意図していない社会的価値を生み出してしまうことがあります。この場合の「施策の現実」というのは、「利用者を評価するプロセスやアウトカムによって、報酬設定がなされる」というしくみです。ここに「生産性の向上」という言葉を組み合わせれば、時として「利用者の人権尊重」とは真逆のメッセージを生む危険も付きまといます。
その点を考えたとき、やはり介護福祉の施策において「生産性の向上」という言葉は、使ってはいけないのではないでしょうか。同様に、利用者は「製品」でもないのに、一方的に「評価する」という用語を疑問なく使う業界風土なども一考を要することでしょう。
「たかが言葉」と思われるかもしれません。しかし、その「たかが言葉」のあり方・使い方への違和感を率直に出し合い、意見を交換しあう中から、この国の介護や福祉のあり方を根っこから見直す機会が生まれるはずです。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。