急速に進む?介護保険のボーダーライン化 地域事情によって役割一変の可能性も

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介護保険部会において、具体的な課題提示が始まりました。今回の議論で特徴的なのは、地域包括ケアシステムの深化をテーマとし、住まい支援策などとの連携が視野に入っていることです。現場としてはピンと来ないかもしれませんが、これからの介護保険の行方に大きな波紋を投げかける可能性があります。

低所得高齢者の賃貸入居と生活支援の課題

言うまでもなく、高齢者の住まいニーズには、介護や医療、さらにはさまざまな生活支援のニーズが絡むケースが目立ちます。現状では、老人福祉法にもとづく有料老人ホームや高齢者住まい確保法によるサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)などがあります。

ただし、低所得高齢者等のニーズや地域事情(地代や建設費など)とのマッチング、あるいはサービスのあり方という点で、高齢者の安心確保には足りない要素も目立ちます。

たとえば、高齢者の住まいと所得状況の関係を見ると、「年収200万円以下」の割合が持ち家世帯で約1.5割に対し、民営借家世態では約3.5割となっています。後者の場合、当然ながら「家賃を払い続けられない」という不安が高くなっています。

一方で、賃貸する側は、約7割が「孤独死などの不安」から高齢者に対する賃貸に拒否感があり、必要な支援として「見守りや生活支援」を求めています。今後、賃貸住宅の割合が上昇することが予測されている中で、(1)低所得高齢者が賃貸住宅に入居しやすい環境とともに、(2)そうした賃貸住宅等を対象とした「見守りや生活支援」サービスのあり方が一体的な施策課題となっていくわけです。

「高齢者住まい・生活支援伴走事業」とは?

こうした一体的な支援については、言うまでもなく介護保険だけで対応することはできません。内閣府の主導により、国土交通省などの住宅関連施策との連携の中で、いかに新たな体系を築くかが問われることになります。

そうした中、すでに厚労省が予算化して進めている施策の1つに、高齢者住まい・生活支援伴走事業があります。「伴走」というと、地域共生社会に関連した施策として「当事者に伴走する」というイメージがあります。

ただし、こちらの場合は、自治体や関係機関が中心となった地域の取組みに対し、有識者や厚労省の職員等を派遣することにより、検討や関係者との調整などを行なうというもの。つまり、地域での施策の実現に向けて、国と地域が「伴走する」という意味合いです。

では、地域でどのような施策を実施するのかといえば、すでにベースとなっている事業があります。それが、2014年度に始まった「低所得高齢者等住まい・生活支援モデル事業」で、住まいの確保支援(住宅情報の提供・相談対応等)や生活支援(見守り等)にかかる費用への助成が行われてきました。

「伴走事業」で気になる養護老人ホーム活用

実は、この事業に関連する動きとして、2017年度からは同様の取組みに対して、介護保険制度における地域支援事業交付金で支援を行なうしくみが設けられています。制度的には、任意事業のうちの「その他の事業」内で示されている「高齢者の安心な住まいの確保に関する事業など」と位置づけられます。

しかし、実施自治体の数はなかなか伸びていないのが現状です。自治体内の異なる部局間の調整や、社会福祉から不動産、民間支援にかかる多様な機関との調整などが壁となりがちだからです。そうした中でテコ入れを図ったのが、先の「伴走事業」というわけです。

さて、この「伴走事業」に関して、気になる事例があります。それは、(1)養護老人ホームの空床を活用して複合的な課題のある人を短期的な契約入所で受け入れる。(2)その間に当事者の課題を整理して、住まい確保などの出口支援につなげるというものです。

介護保険資源の多角的な活用が論点となる?

上記の事例は、既存の資源を集中的な課題整理のためのプラットフォームとして活用し、住まいを含めた多様な支援策へと円滑につなげていくうえで注目されます。そして、この事例から思い起こされるのが、一部の地域で高齢者人口が減少し、「特養ホームの定員が埋まらずに空床が生じている」という指摘です。

もちろん、養護老人ホームと特養ホームでは、制度上の位置づけが異なるので、「空床の活用範囲」を簡単に広げることはできないでしょう。しかし、住まいと生活の一体的な支援において、介護保険と他施策とのマッチングが議論されるとなれば、地域資源の多角的な活用が論点に浮上してくるかもしれません。

先に述べたように、一部地域では高齢者人口がすでにピークに達し、以降は減少していく見通しが強まっています。介護保険部会では、地方の余剰化していく資源に対し、「都市部の利用者とのマッチング」という意見も出ていますが、それでは「住み慣れた地域で最期まで」というビジョンとズレかねません。

そこで、まずは多様な地域課題の解決に向けて、既存の介護資源の利活用の幅を広げるという案が出る可能性はあります。もちろん法改正が必要ですが、共生型サービスという先鞭がついている現状を考えれば、今後の制度改革の大きな流れとなるかもしれません。

それは、決して施設・居住系に限った話でありません。たとえば、ケアマネの他制度へのかかわりも急速に広がる中で、地域によって求められる役割が一変することも想定されます。介護保険制度のボーダーライン化という流れを見逃さないことが必要です。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。