介護保険負担増へのオンライン署名 状況次第で一大トレンドになる可能性も

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公益社団法人「認知症の人と家族の会」が、介護保険の負担増に反対する署名活動を行なっています。オンラインと書面によるもので、オンライン署名(Change.org)は10月11日時点で4万人を超えています。こうした署名の集まりは、現在進んでいる介護保険部会などの議論にどこまで影響を与えるでしょうか。

認知症の人と家族の会が問題とする4項目

認知症の人と家族の会が反対しているのは、(1)サービス利用料の原則2割負担、(2)要介護1・2の訪問・通所介護の地域支援事業(総合事業)への移行、(3)ケアマネジメントへの利用者負担導入、(4)老健や介護医療院の多床室の室料負担導入です。いずれも財務省などが提案し、厚労省の介護保険部会でも「給付と負担の関係」で論点にあがっています。

たとえば、(1)が実現した場合、1割負担だった人で高額介護サービス費の還付にかからなければ負担は2倍となります。ここに(3)のケアマネジメント料の負担が上乗せされ、一時的にしろ、老健等に入所すれば④の室料負担も発生することになります。

また、(2)は今後の上限設定のあり方によって市町村が報酬を抑える可能性もあり、従前相当サービスの事業者が経営悪化から撤退する恐れが指摘されています。加えて、総合事業のガイドラインでは、利用者負担割合は給付の負担割合を「下限」としているため、負担増につながるケースも考えられます。

当初案通りではなくても「危惧」されること

これらの見直しついては、先のニュース解説でも述べたとおり、「すべて実現」となる可能性は低いかもしれません。ただし、「この案は見送る代わりにこの案は実現する」、あるいは「当初案よりもハードルは下げた形で実現する」という流れは想定されます。

後者でいえば、(1)の「原則2割負担」は収める代わりに「2割負担の所得基準を引き下げる」。(2)の「要介護1・2の訪問・通所介護の移行」は収める代わりに、「生活援助だけは移行させる」という具合です。(3)の「ケアマネジメントへの利用者負担導入」も、たとえば「初回のケアプラン作成のみ定額負担を導入する」といったやり方で「先鞭をつける」という方法が取られるかもしれません。

このあたりは、内閣府および財務省と厚労省の間の駆け引きとなりそうです。ただし、いったん先鞭がつけられてしまえば、ハードルがどんどん高まっていくのは、過去の改革例を見ても明らかです。たとえば、2割負担導入の3年後には3割負担まで導入されているわけで、財務省などとしては、とりあえず突破口を開こうという思惑もあるでしょう。

介護現場からの過去のオンライン署名の効果

先の「認知症の人と家族の会」は、社会保障審議会にも委員として参加する当事者団体の1つです。中長期的に介護保険のあり方に意見する立場としては、仮に次回の見直し実現が一部だとしても、当事者の立場から「先行きを見すえれば、強く押しとどめなければならない」と考えるのは当然でしょう。

今回の署名活動は、そうした当事者団体としての審議会での発言力を強めるうえで有効な手段の1つとなる可能性があります。確かに「一般からの署名が、どこまで介護保険改革の議論に影響を与えるのか」という懐疑的な見方をする向きもあるかもしれません。しかし、たとえば「国民による意思表示」の1つとして普及が目覚ましいオンライン署名などは、意外に大きな力を発揮するものです。

すでに前例があります。介護現場にかかるトピックとしては、今年、訪問系の介護・福祉サービスにおける「新型コロナウイルス感染症の陽性者および濃厚接触者への対応」にかかる手当を求めたオンライン署名です。

約4万人の署名が集まり、現場の要望とともに厚労省に届けられたところ、今年3月に発出された事務連絡で上記の手当(2021年4月までさかのぼって申請も可能)が実現しました。このトピックは多くのメディアに取り上げられ、介護現場に大きな希望を与えたことは、記憶に新しいと思います。

すでに署名4万人超という数字は小さくない

今回のケースは、介護保険制度そのものの見直しにかかわることです。内閣府や財務省による強い意向も働いています。その点で、上記のケースとはやや異なるかもしれません。

しかし、すでに4万人超の署名が集まっている事実は小さくありません。テレビや新聞等のメディアでも取り上げられ、ツイッターでもトレンド入りとなる中、政府としても国会審議などを経なければならない負担増案を強引に推し進めることは難しくなりそうです。

さらに、現行の急速な物価上昇や10月からの後期高齢者医療の窓口負担2割の導入により、国民の負担感は高まっています(介護の場合、高齢当事者だけでなく、現役世代等の家族の負担感も大きくなります)。

政府は物価高に対するさまざまな支援策を打ち出していますが、「支援策と言うならば、負担増の改革はいったん鞘に収めなければ、施策上の矛盾が生じる」といった議論が出てくる可能性もあります。そうなった時、今回の署名がこれまで以上に注目を集め、一大トレンドになることも考えられます。

かつての介護保険見直し時とは、人々が国に意見を伝えていく環境も大きく変わっています。社会保障審議会の議論も、これまで通りというわけには行かなくなりそうです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。