多くの国民にとって唐突なイメージは拭えないでしょう。河野デジタル相が「現行の健康保険証を2024年秋に廃止し、マイナンバーカード(マイナカード)と一体化する」旨を発表したことです。この工程通りに実施された場合、どのような影響がおよぶでしょうか。
今年6月の閣議決定と比較してみると…
ニュースにあるように、今年6月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」では、以下の工程が示されています。
(1)すべての保険医療機関等にマイナカードによるオンライン資格確認の導入を原則として義務づけ(2023年4月~)⇒(2)(1)に関連して診療報酬上の加算などを設ける(同じく2023年4月~)⇒(3)保険者による保険証発行の選択制を導入(2024年度中)⇒(4)現行の保険証の原則廃止を目指す(加入者からの申請があれば、保険証は交付される)。
(3)の保険者による発行の選択制が2024年度中ですから、現行の保険証の廃止は「その後」が予定されていたわけです。それでも、あくまで「原則」であり、加入者からの申請によって保険証は発行される点で、「少しずつ離陸させていく」流れになっていたといえます。それが、半年以上の「前倒し」の意向が示されたわけですから、各方面での混乱がおよぶのは必至と言えるでしょう。
ゆくゆくは介護保険証の廃止も視野に入る?
健康保険証がマイナカードと一体化される、つまり現行の保険証が廃止された場合、たとえば介護分野で課題となるのが「2号被保険者の介護保険利用」に関してです。
2号被保険者が要介護(要支援)認定の新規申請を行なうには、介護保険証の代わりに健康保険証が必要となります。仮に現行の保険証が廃止されるとして、手続きはどうなるのか、マイナカードを提示する(あるいは申請書にマイナンバーを記入する)だけでいいのかなどが気になります。
もう少し先を見すえると、廃止は健康保険証だけなのか、将来的には介護保険証もマイナカードと一体化するのではないかという状況も浮かびます。2024年度以降には、マイナポータルを通じて「介護情報」も閲覧の対象になる予定です。その点を考えれば、介護保険証との一体化も意外に早いかもしれません。
ただし、これも「徐々に移行(つまり、現行の介護保険証もそのまま使える)」といった前提があってこその話です。今回の健康保険証の「前倒し廃止」が示された後、医療団体からは「性急である」などの声も上がっています。仮に介護事業者側も何らかの対応が必要となれば、今後の工程表次第ではさまざまな実務負担が生じる可能性が出てきます。
健康情報取扱いには尊厳というテーマが絡む
2022年9月末時点で、マイナカードの人口に対する交付枚数率は全国で49.0%。依然として5割を割っています。デジタル庁が今年8、9月に実施したネットアンケートでは、マイナカード取得者のうち「健康保険証としての利用申込み状況」は43.6%。調査の手法は異なりますが、両方のデータを単純に組み合わせると、全人口のうち「健康保険証としての利用」は2割程度となります。
この状況下で2年後に「現行の健康保険証を廃止する」というのは、確かに性急と映ります。よく「国民はさまざまなカードを所有していて、さまざまな情報が紐づけされる状況を受け入れているのだから、健康保険証との一体化もそれほど大きなハードルにはならないのでは」という声も聴きます。
しかし、民間のさまざまなカードについて「取得や情報の紐づけは、あくまで個人の選択」に過ぎません。しかも紐づけされる情報は主に「消費情報」であり、「個人の健康にかかわる情報」とは性格が異なります。
個人情報の管理が万全か否かという問題ではなく、その情報を提供する・活用するという行為には、自身の身体をめぐる主体性という究極の尊厳が絡んでくるということです。
保険証廃止に向けて誰が説得を担うのか?
今後懸念されるのは、「健康保険証の廃止」が正式決定された時、国民への周知・説得をめぐり現場の専門職が駆り出されることです。特に認知症等で判断力が低下しているといった高齢者の場合、マイナカードをめぐるしくみの理解や健康保険証からの切り替えなどへ対応が追いつかないケースも多いでしょう。
となれば、介護現場、特にケアマネなどに周知・説得が担わされる可能性も高まります。先に述べたように「本人の尊厳」にかかわるという状況が絡んだ場合、どのように本人を説得すべきかが重責になりかねません。
国民皆保険制度にもとづく健康保険証は、戦後の長きにわたって国民の中に一定の信頼をもって根づいてきました。「廃止」というのは、その歴史をくつがえすことにもなるわけで、健康をめぐる国民の意識や文化に大きなひずみをもたらすことにもつながります。
国はマイナカードとの一体化による「多様な情報提供」や「各種手続きの簡素化」などの利便性を強調しています。しかし、それは健康保険証の廃止という重大イベントと本当に秤にかけられるものなのでしょうか。今こそ腰を据えた議論が必要になりそうです。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。