介護の魅力発信に欠けていないか? 「利用者自身を真ん中に置く」という視点

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労働力人口が減少する中、将来に向けた介護・福祉人材の確保は、国をあげてのテーマとなっています。国が力を入れている施策の1つが、社会に向けて介護・福祉の魅力を伝えていく「介護の仕事魅力発信等事業」です。現場からの「魅力発信」に関して、広い視野で考えるべき課題を取り上げてみましょう。

介護の仕事魅力発信事業の具体的な内容とは

「介護の仕事魅力発信等事業」には、どのようなものがあるのでしょうか。WAM NETで紹介されている一例をあげてみましょう。

たとえば、「体験型・参加型イベント」としては、タレントによるPRチームを構成。そのメンバーと一般参加者が介護現場におもむいて実務等を体験し、その様子を撮影・取材してBS番組で放映するというもの。関連する大型イベントも開催し、各種媒体・SNS等でタイムリーな情報発信も行ないます。

また、介護・福祉の現場で活動している大学生が、年下である中高生に福祉教育を行なうというピアエデュケーション。さらに年代別で親和性の高いメディアを活用した、世代横断的な普及啓発の実現など。

その他、体験型イベントとして、VRやパワースーツなどの最先端テクノロジーを用いた介護体験などの企画も上がっています。介護現場で取り入れている最先端技術を啓発することも、今までの一般的な「介護」のイメージを転換するうえで重要なポイントでしょう。

重要なのは「手段」ではなく「何を伝えるか」

ここまであげたものは、「魅力発信」のための「手段」にかかるアイデアが中心です。同事業の財源となる地域医療介護総合確保基金の説明資料でも、「民間事業者による全国的なイベント、テレビ、新聞、SNSを活かした取組み等を活かした発信」に重点が置かれています。しかし、こうした事業を行なう場合、重要なのは「手段」だけではないはずです。

情報発信のための「手段」が確立されても、それで「何を伝えるのか」がしっかり見定められていなければ、多額の費用に見合う事業効果(人材確保)は上がらないでしょう。

もちろん、先に述べた「最先端テクノロジーによる古いイメージから脱皮した介護現場の姿」というのも、1つの「伝えたい姿」と言えるかもしれません。ただし、「最先端テクノロジーによって、現場の何がどう変わったのか」が明確であってこその話でしょう。

受け手が求めているのは「介護の社会的価値」

仮に、「新しい介護現場の姿」として、先輩職員が「いきいきと働いている様子」や「将来の夢に向けた意欲を語る姿」、あるいは「チーム一丸となって困難な課題に立ち向かった実体験」などが継続的に発信されていくとします。それらは「受け手」に感銘や感動を与えるものになるかもしれませんが、そこから一歩進んで「自分も彼らと一緒に働きたい」、あるいは「友人、親族に介護の仕事を積極的に勧めたい」につながっていくのかと言えば、やはりそこには足りないものがあります。

それは、単なるイメージや憧れではなく、介護・福祉の仕事が「どれだけの社会的価値をもたらしているか」という実感です。

介護現場には、さまざまな「厳しい現実」もあり、それが極端なネガティブイメージだけではないことも、受け手の多くは分かっています。そこから目を逸らさずに、それでも「介護業界を目指したい」と一歩踏み出すには、やはり「社会的価値がどこにあるのか」をきちんと発信していくことが欠かせません。

介護業界の「社会的価値」というと、「自立支援・重度化防止」や「利用者の尊厳保持」、「家族の介護負担の軽減」、そして、それによって「社会の活力を取り戻す」ことなどがよく語られます。しかし、これらはあくまで支援者側から見た「評価」に過ぎません。

利用者自身を中心とした「発信」のあり方を

必要なのは何かといえば、支援を受ける当事者を中心とした「社会の側」の視点です。といっても、「(介護職等の)皆さんのおかげで毎日活き活きと過ごしている」といった感想レベルの話でありません。

たとえば、Aさんという利用者がいたとして、(1)その人の主体的な生活はどのように変わったのか、(2)それによってAさんが他者に地域にどのような好影響を与えたのか──この経過を客観的に記録し、「当事者(Aさん)」「好影響を受けた人(家族等)」そして「支援者(介護職等)」が意見を述べ合うというスタイルがあってもいいのではないでしょうか。

そこには、多様な人々の視点が重なり合う「社会の単位」が浮かび上がります。そのありのままを(当事者のプライバシーにかかる同意・配慮を大前提としながら)発信することで、「介護が社会にもたらしている価値」が受け手に届くのではないでしょうか。

国は「認知症施策推進大綱」で、本人発信支援を大きな軸としています。本人発信こそが、認知症に対する画一的で否定的なイメージを払拭するという観点から生まれたビジョンです。介護の魅力発信も、本人を中心とした「社会単位」からの発信を試みてこそ、受け手の認識を変えていく力となるはずです。

たとえば、企業からの発信でも、タレント等によるイベント開催などより、「家族介護を担う社員が、介護サービスによってどれだけ自身の職業人生の質を上げることができたか」をありのまま描く方法もあるはずです。単なる見てくれや話題性だけではない、発信する側の実直な視点が問われています。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。