介護保険部会で論点となった「その他の課題」の中から、「介護現場の安全性の確保、リスクマネジメント」を取り上げます。2021年度改定では、介護保険施設においてリスクマネジメントにかかる基準強化(担当者配置)や、減算・加算が誕生しました。次の改定に向けた議論と求められる視点をチェックします。
リスクマネジメント関連の基準・報酬を整理
前回の改定前から、介護保険施設については、事故の発生・再発防止に向けて運営基準に以下の3点が定められていました。(1)指針の整備、(2)改善策等の周知にかかる体制整備、(3)委員会および定期の研修です。2021年度改定は、ここに(1)~(3)を適切に実施するための担当者の設置が加わりました。
そのうえで、上記の措置が講じられていない場合の減算規定(安全管理体制未実施減算)が定められたり、「担当者」が外部研修を受けるなどの体制整備が強化されている場合の加算(安全対策体制加算)が設けられました。さらに、2021年3月には標準的な事故報告書の様式が作成・周知されています。
ちなみに、再発・事故防止に向けた規定は、介護保険施設のみです。その他の居宅サービス等については、「事故発生時の対応」のみが規定されています。具体的には、(1)担当ケアマネ等への連絡、(2)記録の作成、(3)(賠償すべき事故が発生した場合の)損害賠償、です。
これらについては、居宅介護支援についても同様です。(1)の連絡については、市町村や家族等に向けてということになります。つまり、居宅サービス事業者から(1)の連絡を受けた場合にも、ケアマネは市町村や家族等に速やかに報告することが求められるわけです。
事故原因の分析にLIFEが活用される可能性
以上のような現行の規定に対し、介護保険部会ではリスクマネジメントのさらなる推進に向けた方策が話し合われています。
委員からの意見で目立つのは、先に述べた様式が標準化された事故報告をもとに、自治体等で原因分析等を行ない、現場にフィードバックするなどの横展開を求めている点です。自治体によっては、介護事故等の分析を報告書の形で公表しているケースもありますが、これを制度上でいかに位置づけるかというテーマが今後出てくる可能性もありそうです。
たとえば、厚労省は、医療・保育分野の事故情報の収集・分析・活用を上げていますが、その中には「事故情報データベースの活用」が上がっています。保育分野に関しては、2015年6月から内閣府のHPで同データベースの公表が行われています。
この流れでピンと来るのは、介護分野で言えばやはりLIFEの存在でしょう。すでに稼働しているデータベースで、フィードバックのしくみまで活かせるとなれば、介護現場での事故情報をLIFEへの登録対象に加えるという提案が出てくる可能性もあります。
居宅系サービスでも事故防止の規定が誕生!?
もちろん、LIFEはまだ稼働したばかりで、今の機能に上乗せとなれば、その構築などはまだ先のことになるでしょう。しかし、転倒等の事故防止も自立支援・重度化防止に結びつくという観点からすれば、次々改定あたりで事故情報もLIFEに提供し、フィードバックを受けることが規定されるかもしれません。
その場合、「フィードバックを活用しての事故防止」が目的となるわけで、そのための体制整備を広げることが必要になります。つまり、冒頭で述べた介護保険施設における事故防止の規定を居宅系等のサービスまで拡大することも想定されるでしょう。
そうなった場合には、実務も増大するわけですから、基本報酬の引き上げや新加算の創設などもセットで行わなければなりません。2023年の介護給付費分科会の議論でも、論点として上がってくるか注目したい点です。
介護従事者の「精神労働負担」を重視すべき
一方で、介護現場の事故情報のデータベース化などを進めるのであれば、2つの視点を定めることが不可欠です。
1つは、現場従事者の萎縮をもたらさないよう、介護事故が業務上の過失になるのかどうかという責任範囲についてきちんと議論すること。もう1つは、介護現場の事故原因には、従事者のメンタル面の課題(精神的疲労による集中力の低下など)があることを見すえたうえで、事故防止の分析項目にきちんと定めること。いずれも、現場従事者を保護するという視点から不可欠なテーマです。
たとえば、後者のメンタル面の課題については、介護保険部会でも委員からの指摘が見られます。以前から個人的に指摘しているのが、介護労働には「身体労働」「思考労働」「精神労働」の3つがあり、前者の2つに比べて「精神労働」の負担対策が軽視される傾向があるという点です。事故防止をしっかり議論するならば、処遇改善などでもこの「精神労働」にもっとスポットを当てるべきでしょう。
ちなみに、国の調査では、「医療・福祉」分野における精神障害の労災認定数が、他業界との比較で2021年度に突出して急増したデータが上がっています。背景として想定されるといえば、やはりコロナ禍でしょう。
こうした直近の状況などにも着目しつつ、介護従事者のメンタルヘルスの改善に取り組むことが、実は最優先の課題なのかもしれません。昨今は、従事者のメンタル状況を測定する機器なども開発されていますが、たとえばそうした購入費用をICT導入支援事業のメニューに加えるなどの方法もありそうです。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。