マイナンバー制度の普及に向けて 「推進すべきこと」の順番は適切か?

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マイナンバーカード(マイナカード)と健康保険証の一本化に向け、デジタル庁が具体的な課題をめぐる検討会をスタートさせました。たとえば、要介護高齢者などによる申請補助・代理受取りなどを誰が担うのか。ケアマネにも深くかかわる論点が提示されています。

健康保険証との一本化が迫るから取得する⁉

 ニュースでも上がっているように、仮にケアマネが申請・受取りの代理の担い手に位置づけられたとします。要介護高齢者のほとんどは、定期の診療が不可欠な状態にあります。そうなれば、「一本化」が実現された際に利用者がマイナカードを保持していなければ、早急な対応に動かなければなりません。

 仮に検討会の結論でケアマネが重要な担い手とされた場合、ケアマネにとって新たに重要な責務が誕生することになります。しかしながら、介護保険にかかる他の代理申請などと比較して、「いまひとつ納得がいかない」という人もいるのではないでしょうか。

 なぜなら、マイナカードと健康保険証の一本化は国が上から改革で進めるしくみであり、利用者に生じた本来的な課題(困りごと)を解決するために生じたものではないからです。

  たとえば、家族支援(仕事と介護の両立支援やヤングケアラー支援)のように、利用者をとりまく社会的な要因にもとづくものであるなら、「それを担うのが果たしてケアマネなのか」という疑問が生じたとしても、必要性そのものへの異論は少ないでしょう。しかし、「国の施策」という恣意的な要因によって新たな実務が生じるとなれば、そこに必然性があるのかという疑問は当然生じがちです。

マイナカード普及は緊急性の高い課題なのか

 もちろん国としては、マイナカードの普及によって、さまざまな住民サービスの向上が図れることを強調しています。また、マイナンバー制度でのマイナポータルサイトの拡充により、自身の医療・健康情報(将来的には+介護情報)を閲覧可能とすることで、自立支援・重度化防止に向けた自発的な取組みが促せるというメリットも掲げられています。

 とはいえ、当事者・支援者にとって「マイナカードの取得が、何を置いても緊急性の高い課題なのか」といえば、どうしても疑問符が付きます。確かにマイナポイント対象期限(来年2月末まで延長)が迫る中、カード申請数は急増しています。しかし、それが「緊急性の高い課題」と認識する人がいたとしても、それは「マイナカードの普及ありき」によって恣意的に設けられた課題に過ぎません。

 健康保険証という、当事者にとって「自身の健康維持のための重要度が極めて高いもの」との一本化となれば、緊急度は「マイナポイントの対象期限」などと比較にならないほど高くなるでしょう。しかし、それも恣意的に設定された課題であり、マイナカードが本来持つ重要性に踏み込んだものではありません。

マイナンバーの大先輩、デンマークのCPR

 ここで、海外事例を紹介します。それは北欧の福祉先進国と言われるデンマークのCPR(Det Centrale Person-register)という市民登録番号です。デンマークで生まれると付与されるもので、まさに日本のマイナンバー制度に該当するといえます。

 デンマークで制度化されたのが1968年なので、日本の制度の大先輩と言えるでしょう。医療や介護などのサービスを受けるだけでなく、あらゆる行政サービス、民間の金融機関サービスを利用する際にもCPRは不可欠です。逆に言えば、CPRによって国民にかかるサービスの享受が一元化されるわけです。

 そして、このCPRをベースとして普及しているのが、e-Boksというスマホアプリです。これはCPRに基づいた個人にかかる各種行政通知等が、当事者のスマホにメールされる場合のメールボックスアプリのこと。機密性の高さが特徴ですが、注目したいのは高齢者介護の現場でも使いこなされていることです。

 たとえば、介護サービスを受けている人が、e-Boksを通じて専門職によるアセスメントに答えることで、新たな課題の浮上などがいち早く察知され多職種で共有されます。

制度の「形」ありきではなく「中身」が重要

 もちろん、高齢者(特に要介護者など)が使いこなすには、周囲の支援が必要です。その支援がきちんと届く背景には、たとえば介護に携わる専門職が、制度上のしくみに対して強い信頼を保持していることにあります。

 つまり、CPRとそれを活用したe-Boksが備わることで、専門職としては必要な支援が利用者へと確実に届く(それによって利用者の自立支援・重度化防止が進む)という確信があるからです。さらに、その職業意識を支えるのが、行政も多職種もフラットな視点で意見を言い合える機会が整っていることです。

 デンマークでは、利用者支援に向けて目指すべき価値は何かについて、行政職も医療職も介護職も、相手の立場・見解を相互に尊重・理解しながら話し合いを進める場面が見られます。こうした風土形成があってこそ、CPRの利便性が共有されると言っていいでしょう。

 マイナカードなどの国民への理解・普及を進めるのも同様です。支援の担い手が何を求めるのかについて、国が丹念にタウンミーティングなどを重ねつつ、現場の専門職と対話を重ねることが不可欠ではないのでしょうか。

 こうした現場との信頼醸成の努力が不十分なまま、「健康保険証との一体化」という上から改革だけを断行しても、かえってマイナンバーへの国民の信頼は損なわれるだけではないでしょうか。福祉先進国の制度の「形」だけを取り入れるのではなく、その「中身」をきちんと育めるかどうかが問われています。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。