将来的に労働力人口が減少していく中、国は限られた介護人材による業務効率化を図るための施策を大きな柱としています。2023年度予算案で新たに設置するとしたのが、介護生産性向上推進総合事業の一環となるワンストップ型の総合相談支援の窓口「介護生産性向上総合相談センター(仮称)」です。
経営改善に向けた相談支援も期待される?
この新たな総合相談センターは、都道府県が地域医療介護総合確保基金を活用して実施するもので、すでに国が実施しているさまざまな支援事業(例.介護ロボット・ICT導入支援事業など)へと一体的につなげながら、介護事業所の多様な相談に対応します。
これまで、さまざまな支援事業はあっても、メニューがバラバラなゆえに事業所として活用しにくいケースもありました。今回の総合相談センターの設置により、事業所のニーズと既存の施策のマッチングを図る機能の強化が図られることになります。
介護ロボットやICTだけでなく、今後制度上での位置づけが図られる可能性の高い「介護助手」などの活用についても、事業所のサービスや特徴に応じたコンサルティングなどが期待できることになるでしょう。
なお、厚労省が提示した政策パッケージによれば、「経営改善」にかかる相談対応も行なうとしています。コロナ禍での収益悪化にかかる相談を入口として、事業所全体の経営改革を図るという道筋も見えてきます。
新施策の背景にある労働市場の変化に注意
介護事業者としては、「経営環境が厳しい中で、一括で相談できる窓口ができることはありがたい」と考えるでしょう。ただし、ここで注意しておきたいことがあります。
厚労省がこうした窓口を新設するということは、既存の支援事業への「つなぎ」を強化する目的があるのはもちろんですが、大きな環境変化による混乱を防止するという狙いもあります。つまり、今後事業所からの相談ニーズが増大することも見すえているわけです。
その「環境変化」の1つは、冒頭で述べた労働力人口の減少が2024年前後から表面化する可能性が高いことです。これまでも若年世代の人口減は進んできましたが、団塊世代を中心とした高年齢者の就業増(加えて女性の就業増)がカバーしている図式でした。
その団塊世代が75歳以上にかかることにより、高齢化で就業継続が難しくなったり、年金受給繰り下げの年齢制限にかかることになります。今後、女性の就業増が続くかどうかにもよりますが、労働力人口の減少が現実化する要因にはなりえます。
2024年度改定とのかかわりにも注意が必要
今回の総合相談対応は、上記の環境変化を受けて…となりますが、施策上の大きな変化も見逃すわけにはいきません。言うまでもなく、2024年度の報酬・基準改定です。
政府による社会保障制度改革の流れを見ると、介護保険の負担増等の多くが見送られたことで財務省などの圧力が増し、介護報酬の伸びが抑えられたり、逆に引下げが行われる見通しもあります。コロナ禍での経営悪化を報酬増でカバーしきれないとなれば、事業者側から人員基準等の大幅な緩和を求める声などもますます高まってくるでしょう。
今年の介護給付費分科会内での議論にもよりますが、少なくとも(1)人員配置の緩和を介護付き有料老人ホーム(特定施設)などにも広げる、(2)テクノロジー活用や介護助手の配置による各種加算要件の緩和を拡大する─といった論点がさらに大きくなりそうです。
基本報酬の設定にしても、事業の大規模化を促すべく「規模の大きな事業者」を優遇する流れが強まるかもしれません。基準緩和を前提とした新複合型サービスへの誘導を図るため、(想定される)包括報酬を個別サービスよりも高めに設定することも考えられます。
窓口に駆け込む前に主体性ある問題意識を
こうしたさまざまな改革について、「事業継続のために(緩和策などを)選択した方が有利」という流れが明らかになれば、円滑な現場改革のノウハウや取得できる補助金等についての情報ニーズは当然高まるでしょう。国としては、先のワンストップ相談窓口である「介護生産性向上総合相談センター」への関心が高まれば、狙い通りとなります。
問題は、本当に各事業所の立場に立って、サービスの質や従事者の就労を維持しながら、経営改善につなげられるかどうかです。たとえば、地域のサービス資源の大規模化を図るといった施策目的ありきで誘導が図られたり、各種補助金事業の活用率を上げることだけが目的化しては意味がありません。
大切なのは、センターのアドバイスやコンサルティングによって、現場の利用者および従事者が真にメリットを享受できることにあるはずです。その点で、現場の課題分析(アセスメント)がきちんと行われるかどうかが新センターに問われる最重要機能といえます。
事業者側としても、「窓口に駆け込めば何とかなる」という姿勢ではなく、事前に「自事業における現場の課題はどこにあるのか」を自力で把握・分析することが欠かせません。当然、改革に向けて「現場従事者の意見をきちんと聞く」という過程も必須となります。
「制度ありき」の事業者運営ではなく、「現場の利用者・従事者の安心・安全・幸福ありき」の事業者運営であることを主体性をもって考え、その上に立って新センターとのパートナーシップを築いていくことが求められます。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。