年明けの通常国会がスタートし、政府は「こども政策の強化」を主要課題にかかげています。2023年度の予算案審議に加え、こども施策関連の法案提出・審議なども想定されます。こうした動きが、介護関連の施策などにどうかかわってくるのでしょうか。
こども施策の強化と介護保険見直しの関係
政府が1月19日に開催した「こども施策の強化に関する関係府省会議」では、今後の施策の基本方針として、以下の3つを掲げています。第1に「児童手当を中心とした経済的支援の強化」、第2に「保育等に関するサービスの強化・拡充」、第3に「働き方改革の推進」です。いずれも、大規模な予算措置が必要な改革となるのは間違いないでしょう。
たとえば、制度上のしくみ(育児休業制度などのさらなる見直しなど)を改めるのであれば、今国会に関連法案が出される可能性もあります。仮に成立したとして、主たる施行スケジュールは「2024年度から」が想定されます。さらに、必要な予算措置となれば、やはり2024年度予算(前倒し的に施策を実施する場合、2023年度補正予算が組まれる可能性もあり)ということになるでしょう。
いずれにしても、次の介護保険制度の事業計画期間(2024年度から)スタートと、タイミング的には多くの部分で重なることになります。当然、次期介護報酬をめぐる予算配分や、働き方改革に関連した事業者の責務などに影響を与えることが考えられます。たとえば、後者で言うなら、次の基準改定で「従事者の子育て支援」にかかる新たな規定が誕生する可能性も頭に入れる必要があります。
必要なのは、ベースとなる家庭生活の改善
政府・与党内では、第1の方針に関連して、「児童手当の所得制限の撤廃」を図る動きがあります(現在でも、一定以上所得層には特別給付を実施)。世帯所得に関係なく児童手当を拡充するという方針は、「子どもを社会全体で育てる」という考え方にもとづきます。
とはいえ、現実的に「子どもが育つ場」の中心となるのは各家庭です。児童手当が一律で支給されても、ベースとなる各家庭の生活環境が整っていなければ、少子化傾向の改善という点では限界があるでしょう。やはり、各家庭の親の雇用機会や労働収入を底上げしつつ、その上に子育て支援策を築くという構図が見えなければなりません
その点で、第3方針にある「働き方改革の推進」が重要となります。ただし「働き方改革」というより、「子育て世代の就業者の生活安定と権利の向上」が重要となります。具体的には、賃金の引き上げ策や各種労働法の強化を根っこに据えることが、第1方針の「経済的支援」を活かす道といえます。
子育て環境の改善には公的価格のテコ入れも
賃金の引き上げについては、政府も「インフレ率(物価高)を上回る引上げ」を経済団体などに要請しています。ただし、多くの民間の賃金引上げについて、国が関与できる施策としては業務改善助成金などの申請事業に限られます。さらに強い関与となれば、やはり「介護報酬による処遇改善」をはじめとする「公的価格のあり方」が焦点となります。
全産業を通じた就業者のうち、介護のほか医療、福祉など収入の多くが「公的価格」でまかなわれる就業者は13.3%にのぼります。女性に限れば22.3%で、全産業を通じて割合はトップです(独立行政法人・労働政策研究・研修機能による2021年のデータ)。
これを見ても、「公的価格」へのテコ入れは、あらゆる就業者の賃金の引上げ、ひいては生活の安定を先導するうえで不可欠です。また、医療、福祉、保育は、いずれも家庭内の不安・負担の解消に欠かせない支えであり、子育てしやすい環境に直結します。介護も、ダブルケアラーやヤングケアラーの増大という点で、子育て環境に深くかかわりつつあります。
こども施策の強化=あらゆる人の生活向上を
先の「公的価格」については、2022年10月から介護職員等ベースアップ等支援加算(2~9月は補助金対応)が施行されています。しかし、補助金対応スタートのタイミングで著しい物価上昇が始まり、今もなお勢いはとどまっていません。上記のベースアップ施策の効果は、「異次元の物価上昇」で完全に打ち消されてしまっているのが現状です。
この点を考えれば、こども施策にかかる第一歩として「公的価格のさらなる引き上げ」を実施しつつ、そこに「児童手当の所得制限の撤廃」をプラスしていくという道筋を定めることが有効ではないでしょうか。
もちろん、公的価格を上げるには、相応の財源が必要になります。増税や社会保険料の引き上げが必要となり、かえって家庭負担は増える──という懸念は常に付きまといます。ここで、「誰に、どのように負担してもらうのか」あるいは「どの部分の拠出を削っていくのか」が論点となるわけです。
その際、先に述べた「ベースとなる部分+上乗せの部分」の構図や道筋が明確であるなら、国民も負担増にかかる是非の判断がしやすく(政府としても信を問いやすく)なるでしょう。1つ1つの施策のつながりが見えず、たとえば「児童手当の所得制限は撤廃する」が、「物価上昇に対応する公的価格の引き上げは行わない」というのでは、負担増に向けた納得はなかなか得られません。
政府がかかげる「こども施策」は、「未来への投資」といった掛け声だけでなく、「あらゆる人の生活水準の向上」に向けた具体的な道筋が示せるかどうかが問われています。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。