リスクマネジメントで見過ごせない課題  「訪問系サービスの交通事故」をどうする?

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2021年度改定の効果検証では、介護保険施設におけるリスクマネジメントも調査対象となっています。今後、介護給付費分科会でもリスクマネジメントにかかる対応策が議論されることでしょう。ここで論点に加えたいのが、リスクマネジメントでも労働災害にかかる対応です。特に着目したいのが、現場で大きな問題となりつつある訪問系での交通事故です。

訪問系での交通事故件数は、通所系を上回る

介護現場の交通事故というと、通所系や短期入所系での送迎時のケースが注目されやすいでしょう。送迎中の利用者が巻き込まれるという点で、一般の報道などでも大きく取り上げられる傾向があります。

しかし、介護現場における交通事故は通所等の「送迎時」だけではありません。言うまでもなく、訪問系サービスでの「利用者宅との行き来」に際しての交通事故にも注目する必要があります。ここには、居宅介護支援における訪問も含まれます。

3月8日の全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議で、厚労省が提示した資料では以下のようなデータが示されました。介護施設などでの労働災害の内訳を示したもので、それによれば訪問系での「交通事故件数」は、通所系・短期入所系を上回っています。

通所系等の送迎に比べて、事業所あたりの移動頻度の高いという点では当然かもしれません。言い換えれば、それだけ現場の課題として注目しなければならないといえます。

年齢層の高い訪問系従事者が抱えるリスク

たとえば、車両の運転による事故ですが、長年運転に慣れていても、加齢とともに判断スピードが衰えたりすれば事故発生の割合は高くなります。一方で、従事者の平均年齢がもっとも高いのがホームヘルパーで、ケアマネも「60歳以上」の年齢割合が介護現場の従事者全体を上回っています(介護労働安定センター:2021年度介護労働実態調査より)

また、従事者の不足感でいえば、特に地方の人口密度が低い地域でのホームヘルパーの不足は深刻で、地域によって資源数が利用者ニーズに追いつかないケースも生じています。さらに、事業所あたりのケアマネ数も減り続けていることは、先だっての介護事業経営概況調査でも明らかです。こちらは、居宅サービス全体の提供体制にもかかわってきます。

地域における新たな人材の確保が難しいとなれば、ヘルパーやケアマネの年齢層は今後も上昇するでしょう。経験値やロボット等の支援機器でカバーできるとしても、車両の運転については、年齢層が上がる中で高まるリスクを軽減する手段はどうしても限られます。

保険の充実で、まずは従事者の安心を確保

車両を使わない訪問に切り替えるとしても、自転車などで訪問できる環境というのは、都市部の人口密集地に限られるでしょう。先に述べたホームヘルパー等が不足しがちな地域ほど車両移動の必要性が増すとすれば、訪問要員の確保困難は加速していきます。

そうした中で、まず必要なことは現場の安心を確保することです。訪問系の介護従事者の場合、何らかの事故で利用者にケガをさせてしまうというケースを想定して賠償責任保険に加入していると思います。

一方、車両による移動中の事故の場合は、自賠責保険ということになりますが、これはたとえば歩行者にケガをさせてしまったといったケースでの補償が対象となる保険です。つまり、従事者自身のケガなどは補償されません。なので、事業者として自賠責の他に任意保険の加入が求められます。

さらに、従事者のケガの場合は、公的な労災保険が適用されますが、休業補償は給付基礎日額(事故前3か月の賞与を除く賃金総額で計算)の8割の支給にとどまります。その点では、やはり従事者に対する民間の保険加入を進めることが必要になるでしょう。

総合事業の見直しでも、検討したい課題に

こうした、さまざまな保険加入も含め、訪問系サービスの「移動」に関する従事者保護のあり方を、国としても取りまとめたうえで報酬や基準等に反映させていくことも求められるでしょう。たとえば、事業所による各種保険料負担も想定しながら、車両移動による加算を設けることなども検討したいものです。

訪問系サービス(ケアマネによる訪問等を含む)の「移動」というと、ピンポイントの対応と思われがちですが、先に述べたように地域によってはニーズに対する資源が確保できるかどうかという問題に(特に今後は)直結していきます。つまり、これからの必要な資源確保のためには不可欠な論点といえます。

そして、このことは保険給付サービスにとどまるものではありません。国は多様なサービスによる総合事業の拡充を図ろうとしていますが、ここでも訪問系のサービスには、地域によって「車両による移動」が必要となるケースもあります。高齢者によるボランティアが重要な支え手となる中では、一般のボランティア活動保険だけでなく、さまざまな保険の活用の推進も考えなければなりません。

国は、地域共生社会の理念として「支える側と支えられる側の垣根を超えた体制」をかかげています。しかし、そこに「車両の活用」という地域の現実が入ってくる場合が想定されているのかどうか。総合事業の充実に向けた検討会もスタートしますが、そうした場でもしっかり論点に加えたいものです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。