物価等の高騰により、国民に不可欠な介護資源の存続が危ぶまれる事態になっている──一般社団法人・全国介護事業者協議会など3団体が共同で行なった調査結果からは、危機的な状況が浮かびます。今、国としてなすべきことを整理してみましょう。
制度始まって以来?のコスト増が…
たった1年(「2021年10月~2022年1月」から「2022年10月~2023年1月」)で、電気料金の上昇率が2割以上という施設・事業所が半分を超える──まさに異常事態です。ここに、ガス代が最大で2倍近く、ガソリン・車輛費も最大で2.5倍近くという状況も加わる中で、恐らく制度始まって以来のコスト増が現場を襲っています。
2021年度の介護報酬改定は、プラスとはいえ改定率は0.7%。これはコロナ禍での利用者減などを考慮したものであり、今回の物価高騰は想定されていません。つまり、実質は0ベースの中で上記のようなコスト増がもたらされていることになります。原則として価格転嫁ができない社会保険事業ですから、一般企業であればすでに倒産危機に直面しているレベルでしょう。
この点を考えた場合、国が2022年9月に打ち出した交付金も、仮に全国一律であったとしても現場のコスト増を穴埋めするには限界があります。まして、対象の交付額が「自治体任せ」となっている状況では、実質的に一時しのぎになりかねません。
倒産に至るのは「数年」ではなく「数か月」?
調査では、「数年で事業の廃止や倒産に至る可能性がある」という回答が27.38%となっています。この数字自体、衝撃的ではありますが、個人的には「まだ少ない」と思わざるをえません。自治体によって交付金がしっかり出ているというケースもあるでしょうが、上記の回答以外の施設・事業所でも、厳しいやり繰りで「何とか踏みとどまっている」のが現状と言えそうです。
注意したいのは、この「やり繰り」が介護事業の足元を大きく揺るがしている可能性です。中でも従事者をめぐり、「昇給や賞与支給の減額/見送り等」が3割近くにのぼるのは深刻です。従事者も生活上で物価高騰等の影響を受けており、「将来のキャリアや
目の前の利用者のために何とか我慢する」というレベルの話ではなくなっています。
ある時点で、「生活のためにやむを得ず離職する」というケースも増えるでしょう。そうなれば、残された従事者1人あたりの業務負担は増し、離職を加速させることになります。結果的に、各自治体等が思い描く以上のスピードで、事業の縮小や撤退が進みかねません。ニーズに対して介護資源が足りなくなるのは、年単位どころか月単位となる可能性は高いといえます。
過剰な節電等で利用者の状態も悪化!?
問題は、従事者の状況だけにとどまりません。今調査で特に気になるのが、「コスト増への対応」として、「節電や物品の節約等」が9割にのぼることです。記者会見で「節電で施設を暗くしている様子」も語られていますが、ここで懸念されるのは、利用者の気分におよぼす影響だけではありません。
たとえば、70代の高齢者の9割に(症状の軽重はあるものの)白内障があるとされます。白内障の場合、「まぶしさに敏感になる」だけでなく、「暗い中での見えにくさが増す」という特徴があります。
仮に施設の居室や廊下の照明を落としているとすれば、見えにくさによるさまざまな事故の増加が懸念されます。事故に至らなくても、見えにくさへの不安から活動量が減少すれば、ADL等の悪化も全体として加速する恐れも生じるでしょう。
「エアコン使用の制限」は少ないかもしれませんが、室温調整等が十分に行われないと、循環器系の疾患への悪影響や熱中症のリスクも高まります。いずれにしても、重度化防止を妨げることになります。
コスト増の放置は、介護保険財政の悪化に
こうした介護現場特有の状況を考えた場合、国として手をこまねくことは、利用者の重度化から介護保険財政の悪化をもたらすことになります。常に「制度の持続可能性」を問題としていながら、施策上の不作為がそれを助長しているという点で、目指すことと現実の手立てが大きく乖離しつつあることを考えなければなりません。
こうした状況を考えたとき、以下のステップを迅速に踏むことが必要です。①現行の交付金を国の責任で全国一律とすること、②利用者の疾患等の特性を考慮して現場ごとの交付金の積み増しを図ること、③従事者への直接の交付金を設けること、④2024年度に至る前に介護報酬の期中改定(プラス改定)を検討すること──です。
そのうえで、今後の物価上昇を考慮した2024年度改定の議論に入る──こうした筋道を整えることが求められます。
地域から介護資源が枯渇すれば、家族介護者の負担は増え、地域経済も低迷します。ヤングケアラーなどもさらに増加しかねません。そうなれば、国が力を入れる少子化対策の費用対効果も十分に得られないでしょう。つまり、財政悪化だけが進むという国の失策が際立つことになります。
現場が直面する近未来をち密に分析したうえで、今こそ介護分野への集中的な施策が必要です。手をこまねいている時間はあまりないと考えるべきです。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。