介護給付費分科会では、危機的状況にある介護人材の確保に向け、さらなる処遇改善を求める声が高まっています。一方で、介護報酬上の加算等の上乗せは、被保険者の保険料上昇にもつながります。この課題の解決には、どのような方策が求められるのでしょうか。
現状の物価上昇の中で訪れる介護現場の危機
さらなる処遇改善が急務な理由は、改めて申し述べるまでもありません。今年に入ってからの消費者物価指数は、2022年初頭からの急上昇をさらに3%程度上回る状況が続きます。この物価上昇には追いつかないものの、全産業の名目賃金(物価上昇を考慮に入れない賃金)も上昇していて、介護分野のベースアップ等支援加算の(他産業との賃金格差の縮小という)効果も打ち消されがちです。
介護事業所の中には、人材確保を進めるうえで各種処遇改善加算だけでは(特に加算の恩恵を受けにくいケアマネ等の多職種の)処遇改善は追いつかず、他の事業所収益を削って賃金増を図る動きも見られました。しかし、上記の物価上昇によってさまざまな事業コストが上がり、経営体力に乏しい事業所では賃金増を実現する余力がなくなりつつあります。
その結果、人材が他産業に移ってしまうという懸念も強まります。最新の介護労働実態調査を見ても、長年低下傾向にあった離職率が2022年度で下げ止まり傾向にあります。今年の春闘を経て、他産業の名目賃金の上昇が著しくなった後にどうなっていくかという点に、特に注意が必要になりそうです。
保険料増を招かない施策といえば補助金だが
給付費分科会では、介護職以外も含めたさらなる処遇改善はもちろん、加算で追いつかない部分の人件費調整の余力を確保するうえで基本報酬のアップを求める声も高まっています。現場にとっては、まさに緊急事態という認識が広まっていると言えるでしょう。
一方で、冒頭で述べたように、さらなる処遇改善を含めた介護報酬の引き上げは、被保険者の保険料上昇を招きます。急激な物価上昇は庶民の家計も大いに圧迫しているという状況を考えれば、保険料上昇に結びつく施策も打ち出しにくいのが現状です。
では、さらなる処遇改善のために、どのような方策が考えられるでしょうか。まず思いつくのは、保険料に依存しない全額公費での対応、つまり新たな補助金の支給です。2022年2月にも、ベースアップ等支援加算の前に公費による処遇改善支援補助金が設けられましたが、再びその方法を採用するわけです。
たとえば、岸田総理が昨日の記者会見で語った物価高対策等のために補正予算の中で、対応することなどが考えられるでしょう。
さらなる保険料アップへの納得を得るには…
ただし、いったん補助金を設けた場合、それを「いつまでそれを続けるのか」が課題となります。その時々の予算編成に左右されずに安定的な財源確保を図るとなれば、初期の処遇改善加算や今回のベースアップ等支援加算のように、いずれは介護報酬上の加算に再編する流れになる可能性は高いでしょう。
結局は、介護報酬の上乗せ⇒保険料の上昇という課題にぶつかる可能性は高くなります。国は低所得者の保険料負担の上昇を抑えるために、1号保険料について、所得に応じた保険料設定の多段階化を図ろうとしています。
ただし、一定以上所得がある人の負担額がさらに大きくなるのは確実で、そのことについての「理解と納得」をいかに得るかという課題に直面することに変わりはありません。
では、そうした負担増にかかる被保険者の「理解と納得」を得るにはどうすればいいのでしょうか。前提となるのは、「高い保険料水準に見合うだけの介護をめぐる安心が確保できるのか」という点です。そのためには、どの地域に住んでいても、あるいは要介護者の状態がどうであっても、一律に安定したサービスが受けられる環境が必要です。
しかし、そのための資源整備そのものに、保険料の確保が必要です。十分な安心確保の前に保険料が上がるとなれば、安心を「体感」することは困難でしょう。「体感できなければ納得できない」となれば、負担増に踏み出せないという堂々巡りとなってしまいます。
国と被保険者との距離感を縮めることが重要
負担増と安心確保のタイムラグを埋めるためには、「国は必ずそこまでやってくれる」という信頼が不可欠です。そのためには、利用者目線に立った制度設計を、すべての被保険者にわかるようにしなければなりません。
国はサービスの質の向上に向けて、科学的介護の推進や、利用者の尊厳確保に重点を置いたケアマネジメント手法などを推進しています。では、それが利用者本人、そして家族にとっての「サービスの質」への実感につながっているのかといえば、制度が複雑化していることとあわせ、「ついていけないから、お任せするだけ」という意識が強まっていないでしょうか。そうなると、被保険者の「置いてきぼり」感だけが募り、保険料上昇時の納得を得るだけの信頼感にはつながりません。
たとえば、被保険者数が約8000万人に至る時代に向け、「介護保険8000万人ミーティング」と題し、国と保険者の合同でタウンミーティング・キャラバンのような取組みを行なうことはできないでしょうか。そこで、利用者や家族の立場から「介護保険に求めているもの」を率直に聞く機会を設けるわけです。
もちろん、実際には難しいかもしれませ。しかし、それくらい被保険者との距離感を縮める覚悟がないと、制度への信頼を立て直すことは難しい時代と考える必要があります。
す。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。