訪問介護等の基本報酬の引下げで、 何が起こるか? 撤回はありえるか?

2024年度の介護報酬にかかる省令等改正案が諮問・答申されました。事業者などの驚きの声が集中しているのが、訪問介護や定期巡回・随時対応型などの訪問系サービスにおける基本報酬の引下げです。ホームヘルパーの有効求人倍率が15倍を超えるという中、社会的にも著しい動揺をもたらしかねません。

処遇改善の改定率でカバーすることの問題

特養ホームなどの基本報酬が2%を超える引上げとなる中、たとえば訪問介護は、逆に2%ほどの引下げ、定期巡回型や夜間対応型はさらにそれを上回る引下げ幅です。

厚労省は、処遇改善加算において、訪問介護等で14.5~24.5%という加算率の高さであることを強調し、改定事項の資料は赤文字で記しています。やはり、現場から強い反発が出ることを想定していたのかもしれません。

確かに、訪問介護や定期巡回型などは、事業所収入に対する給与費割合が高く、事業所収入の多くを従事者の給与に誘導すれば、ヘルパー不足への対応に資する──という考え方はあるかもしれません。しかし、ここには大きな問題が2つあります。

基本報酬が下がれば、処遇改善の効果も減退

1つは、基本報酬が下がることにより、処遇改善加算の効果が一定程度打ち消されることです。ご存じのとおり、介護職員処遇改善加算等は、基本報酬に各種加算・減算を加えて1月あたりの総単位数に、サービス別の加算率を乗じることで単位数が決定されます。

基本報酬が下がれば、それを補うだけの加算を取得できない限り、加算率を乗じる前の単位数は下がります。となれば、処遇改善の加算率を引き上げても、思ったよりも賃金が上がらないという実感が生じやすくなります。

さらに、算定ベースとなる他加算の中で、今改定では取得ハードルの高いものも目立ちます。その取得対応が滞れば、賃金アップのペースも落ちかねません。改定が施行されてから一定期間、事業所によって賃金上昇ペースに差が生じることもあるでしょう。

近年の物価上昇のスピードが速い中、たとえ一時的でも事業所による賃金上昇ペースに差が生じれば、それは人材の移動(転職)を誘います。地域全体で賃金の上昇ペースが鈍っていれば、「市町村や都道府県をまたいで移動する」より、「その地域の他業界に転職する」という動機の方が強まる可能性もあります。

結果、処遇改善の加算率を上げても、狙い通りの効果は上がりにくくなります。

処遇改善への集中だけで人材は集まるのか?

もう1つの問題は、当ニュース解説でも以前から指摘しているように、「処遇改善加算の拡充だけでは、人材不足の解消は難しい」という点です。処遇改善加算は、直接的には「すでにその事業所で働いている従事者」の賃金を上げるための施策だからです。

確かに、これから業界に就職しようと考えている人にとっては、「賃金アップの実績」を参考にしつつ、働く先の事業者を選ぶという行動は考えられます。国も、介護サービス情報公表制度において「一人あたり賃金」を公表することを(任意ではありますが)求めています。そうした賃金情報に加算率の引き上げが反映されれば、求職者を集めるうえでは一定の効果もたらすことにもなるでしょう。

しかし、それは「訪問介護等の事業運営が安定している」ことが前提です。訪問介護などは、施設等と比べて光熱費等のコストは高くありません。しかし、事業を行なうわけですから多様なコストは発生します。各種物価高騰の折に、中心的な原資となる基本報酬が下がるとなれば、「本当に長く働ける環境が整っているか」が不安になるのは当然です。

「制度上で重きが置かれない」という印象

新規の人材を集めるには、これから介護業界に参入しようとしている人々の視点に「その事業の未来」をしっかり届けることが必要です。逆に言えば、「基本報酬の引下げ」というトピックは、「制度上では重きが置かれない分野なのだ」という受け止めを広げかねません。ピンポイントで訪問介護等を目指す人でも、「制度上で軽く見られている分野に勤めるのは不安」と考えるのは無理ないことです。

そうした不安を抱く人にとっては、厚労省がいくら「処遇改善の加算率は高い」とアピールしても、安心への確かなメッセージとはなりえません。言い方は悪いかもしれませんが、「目先のお金で人集めをしようとしている」といった嫌悪感を抱く人もいるでしょう。

予算審議の次期国会でも大きな問題に⁉

2024年度の介護報酬改定は、その改定率を施行するうえでの予算案が編成されています。その2024年度予算案は、1月26日から開かれる通常国会で審議されます。今回の訪問介護等の基本報酬の引下げが、国会審議でも大きな論点となるのは間違いありません。

今回の「引下げ」そのものが撤回される可能性は低いとしても、この改定がクローズアップされる中で、「在宅介護が崩壊するかしれない」という危機感を国民が共有する機会となるはずです。このトピックが社会的に大きくなれば、政府としても何らかの手を打たざるを得ない状況になるかもしれません。

社会的な関心が盛り上がれば、補正予算の編成によって「訪問介護等の基本報酬を引き上げる」ための期中改定を行なうこともあり得えます。その際には、ホームヘルパーの待機・移動時間の算定なども論点として浮上することも考えられます。現場からの大きなうねりが生じていくことになりそうです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。