「こころの健康」に力点を置く厚労白書。 介護従事者のメンタルヘルスへの留意は?

2024(令和6)年版の厚生労働白書が公表されました。同白書としては初めて「こころの健康」について重点的に取り上げています。介護現場では、「こころの健康」というと利用者に関するテーマとみなされがちですが、現場で働く従事者も当事者となりえます。

介護業務における特有のストレス要因とは?

介護現場は、従事者に特有のストレスがかかりやすい環境にあります。よく指摘されることですが、介護労働は知的労働、身体的労働に加え、心に大きな負荷がかかる「感情労働」ともいうべき要素で成り立っています。この「感情労働」を理解しないと、従事者のパフォーマンス低下はなかなか防げません。

たとえば、現場で認知症の利用者のBPSDが悪化している場合、その背景にある課題を掘り下げつつ対処するのは「知的労働」となります。ただし、利用者本人から従事者に対して直接向けられる言動を受け止める時点で、従事者の感情には大きなインパクトがかかります。介護技能を向上させれば、そのインパクトは冷静に処理できます。ただし、人間であるゆえに、一時的にせよ「感情が揺さぶられる」という状況は避けられません。

問題は、「感情が揺さぶられること」によるストレスが、(従事者本人も意識しないまま)少しずつ蓄積していくことです。それが限界を超えた時に、うつ病などの精神疾患へとつながるリスクは高まります。

ベースとなるリスクに上乗せされる直近状況

こうしたベースとなる日々の「感情労働」に加え、近年ではストレスが上乗せされる要素も増えています。たとえば、利用者やその家族等によるハラスメントの増加、コロナ禍での緊張度の高い業務や著しい環境変化が継続されてきたことなど、介護従事者のメンタル面には大きなダメージが及びがちです。

加えて無視できないのは、制度の変遷による実務環境の変化です。LIFE等の稼働によるデジタル対応機会の増大、報酬・基準の改定での作成すべき報告書や記録の増加、さらには生産性向上にともなうテクノロジー活用を中心とした働き方の変化などがあげられます。

こうした環境変化というのは、それに順応しなければならないという中で、従事者の心身には常に負荷がかかり続けます。そうした負荷の1つ1つはわずかなものでも、変化が重層的に増えれば、自身の中で負荷を解消しきれないまま、先に述べたように「見えにくいストレス」として蓄積されていきます。

こうした「内面的な状況」を、組織として可視化し対応することが不可欠な時代です。それが十分になされないと、業務への集中力低下から現場での事故・トラブルが増大し、介護事業運営にも支障をきたしかねません。

従事者へのストレスチェック強化が必要に

ちなみに、社会福祉・介護事業における精神障害の労災請求状況が厚労省より示されています。2014年時点の古いデータですが、それによれば労災請求件数は140件で、介護サービス職業従事者に限れば62件となっています。この数字は2011年との比較で、前者で2倍、後者で3倍と急伸していました。

折しもその翌年(2015年)には、労働安全衛生法の改正により、従事者数50人以上の事業所に、「職業性ストレス簡易調査票」によるストレスチェックが義務化されています(それ以外の小規模事業所でも、同チェックの実施は努力義務となっています)。

なお、2024年度改定では、生産性向上推進体制加算の要件で、従事者評価として「心理的ストレス反応測定尺度」による心理的負担の評価を行なうことが示されています。この質問事項を見ると、先の職業性ストレス簡易調査票と重なる質問も見受けられます。

生産性向上の推進が今後もさらに進む状況下では、介護現場としては、むしろ今こそこうした従事者に対するストレスチェックを積極的に行なう時期なのかもしれません。

生産性向上に伴うリスクに気づけているか

冒頭でふれた今回の厚生労働白書でも、こうしたストレスチェック制度や(産業医や事業者を対象とした)サポートダイヤル、従事者を対象としたメンタルヘルス・ポータルサイトの紹介などが行われています。ただし、こうした施策を労働安全衛生の範囲にとどめるのではなく、介護施策との絡みで言えば、従事者のメンタルヘルスにかかる介護保険制度上のしくみ強化がさらに必要でしょう。

一応、介護職員等処遇改善加算では、職場環境等要件で「メンタルヘルスのための相談窓口設置」や「短時間労働者等も対象としたストレスチェックの実施」などがあげられています。しかし、これらはあくまで加算要件にかかる選択的な実施であり、国の責務を果たすという点ではやや弱いものです。

先に述べたように、介護労働現場では、感情労働という特質により、メンタル面での労働災害リスクは常に高い状態にあります。生産性向上という施策上の取組みを進めるのであれば、この点を十分に押さえたうえで、施策自体が従事者の精神衛生への上乗せリスクをなりえることを認識しなければなりません。

労働力人口の減少という未来に向け、介護業界に限らず、「生産性向上」が魔法の杖のように語られる場面が目立ちます。しかし、そこには常に大きなリスクが伴なうことを前提とした従事者保護策が不可欠です。その点を軽視したままで、介護の魅力発信などに力を注いでも効果は限られてしまうでしょう。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。