
介護保険部会では、政府の改革工程をベースとした「制度の持続可能性の確保」が引き続き議論されています。テーマの1つが、利用者負担における2割・3割負担の判断基準についてです。こうした議論で必ず打ち出される「応能負担」の考え方ですが、そもそも今の時代における「応能」とは何でしょうか。
負担能力は、あくまで「相対的」なもの
ひと言でいえば「応能」とは、必要なお金を支払えるだけの経済的能力を指します。当然ながら、この能力は不変のものではありません。その人個人だけにスポットを当てれば、その時々の所得の変動によって変わります。これを考慮するため、利用者負担割合は、前年の所得に応じて決められます。
しかし、個人の能力変動だけにスポットを当てるだけでは、本来は不十分です。なぜなら、その人が負担できる経済的能力は、あくまで相対的なものだからです。所得に変化はなくても、収入上の必要経費に含まれない支出が増えれば、負担できる能力は低下します。
そして、その「支出の動向」は、本人の「消費は増やしたくない」という意向にもかかわらず増えてしまうケースがあります。介護保険部会でも指摘されている「物価高騰」などが、これに当たります。これは、応能のレベルを変化させる社会的要因の1つです。
介護資源の動向というもう1つの社会的要因
もう1つは、介護にかかる地域資源との関係です。現状でニーズに対する介護従事者数の不足傾向は高まり、利用者にとって必要なサービスが受けにくい状況が進んでいます(そもそも、居宅でサービスを使いたくても、ケアマネが見つからないケースもあります)。
そうなると、家族が(一時的にせよ)大きな介護負担を担います。それがワーキングケアラーなら、介護休業給付等があっても自身の収入が上がりにくくなる(介護離職につながれば収入が途絶える)ことも考えられます。
また、いわゆるヤングケアラーが増大する懸念も高まります。学業に十分な時間が取れないとなれば、それは将来的な収入の状況にも影響を与える恐れも無視できません。いずれにしても、現役世代、若年世代の経済的・社会的問題が絡んでくることになります。
その場合、本人の収入が一定程度あったとしても、それが家族の生活資金や将来資金に流れるケースもか投げなければなりません。そこに先の物価高騰というもう1つの社会要因が加わることで、生活にかかる余裕のラインがさらに厳しさを増すことになるでしょう。
居宅給付に頼ることの限界がもたらすもの
居宅における必要な給付サービスが足らない傾向が強くなると、市町村による公的なサービス基盤も十分でない限り、やむを得ず「民間の自費サービス」に頼らざるをえないケースも生じやすくなります。今はまだ使っていなくても、そうした将来的な出費を考え、必要資金をストックする意向も高まりがちです。
また、地域の居宅サービス資源を鑑みた場合、この先の重度化を想定すれば、早期からの施設入所を望むかもしれません。しかし、介護保険施設も従事者不足等で受入れが厳しくなれば、住宅型も含めた有料老人ホーム等への住み替えという選択肢も視野に入ります。
その入居費用を見すえれば、やはり「できるだけ出費を減らしてストックを増やしておく」という発想も強くなるでしょう。こうした介護保険サービスの自己負担以外での「支出不安」の高まりは、やはり生活の切り詰めを促す社会的要因となりえます。
こうした生活の切り詰めは、食費や光熱水費にも当然およびます。それによる栄養不足や水分摂取量の不足、冷暖房による温度管理の困難さが積み重なれば、要介護者の健康状態の悪化にもつながりやすくなります。
その結果、入退院リスク等が高まるとして、今度は医療費の支出が増える可能性が出てきます。それによって、また生活を切り詰めるという悪循環も生じかねません(当然、高額介護サービス費の議論も左右しそうです)。
社会的要因をまず解決することが先決では…
もちろん、富裕層であれば、十分なストックはあり、介護保険の3割負担もそれほど影響をおよぼさないかもしれません。問題は、2割、3割負担の所得基準を下げた場合に影響を受けやすいボーダーラインの人々です。
ここまで述べたように、要介護者とその家族には、物価高騰のみならずさまざまな社会的要因の影響を受けやすくなっています。確かに制度の持続可能性の議論は大切ですが、今の時代にあえて2割、3割負担の所得基準を下げるというのなら、ここまで述べた社会的要因をまず改善することが先決でしょう。
たとえば、物価高に対して一時しのぎの給付金等でまかなうのではなく、構造的な部分にメスを入れることも必要になります(私見としては、金利引き上げ等による円安の是正が不可欠と考えているのですが…)。
さらに、緊急的な公費引上げにより、他産業に追いつくだけの介護従事者賃金の引上げを(物価上昇の抑制と安定的な従事者確保が可能になるまで)継続的に実施する──このもう1つの社会的要因の解決も求められます。
それまで、持続可能性策としては、富裕層の保険料引上げなどでまかなうことに集中する方法もあるでしょう。社会崩壊を防ぐための道筋をきちんと描くことが求められます。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。