従事者による虐待はなおも増加傾向。背景要因に2つの面からスポットを

高齢者虐待防止法等にもとづく対応状況等関する実態調査で、最新となる2024年度の結果が公表されました。2023年度は、介護従事者等による虐待の相談・通報件数、判断件数がともに急増しましたが、今回も上昇トレンドは変わっていません。

虐待防止の取組み強化が与えた影響もあり⁉

2024年度の介護従事者等による高齢者虐待は、通報・相談件数が3,633件、「虐待」と判断された件数が1,220件。いずれも過去最高となった前年度から、前者で5.6%増、後者で8.6%増となっています。数字だけを見れば、深刻な状況と言えるでしょう。

その背景要因ですが、厚労省等のコメントでは、これまで潜在化していた虐待事案が、現場における虐待防止の取組み強化によって顕在化したという見方があります。

ご存じの通り、2021年度改定において、全サービスを対象として高齢者虐待防止にかかる取組みが運営基準上で強化されました。虐待防止にかかる委員会の設置や研修の実施が義務づけられたことで、現場の従事者の意識啓発が図られ、たとえば管理者等への相談ケースが増えたことなどは確かに考えられます。

この時の改定では「3年の経過措置」が設けられましたが、経過措置の満了に向けて相談・通報件数が急増し、それによって判断件数も底上げされた可能性もありそうです。

「本人」による届出増加の意味するもの

ちなみに、現場意識の向上が反映されていると思われるデータも見ることができます。それは、「相談・通報者の内訳」です。

この中で数字的にはわずかですが、「本人による届出」が100件超え(全体の2.5%)となりました。2021年度からの推移で見ると、47件(1.2%)⇒53件(1.7%)⇒76件(1.9%)⇒102件(2.5%)という具合です。

もちろん、「家族・親族」の方が数字的には多く、1つの事例について複数の者からの通報がなされるケースも含まれます。ただし、話を聞いた職員や管理者、ケアマネ等が主に通報するとしても、そこで「本人」も前面に出てきているのは注目すべき点でしょう。

介護現場における虐待が潜在化しやすい要因の1つには、虐待を受けた本人が「なかなか言い出せない(家族にも伝えにくい)」という状況があります。「本人が直接届け出る」となれば、当事者が「自身の権利侵害」を認識したうえで行動するという主体性が必要です。

その主体性を引き出すうえでは、本人と訴えを聞く職員等との間で「この人には安心して訴えることができる」という信頼関係が構築されていなければなりません。虐待防止に向けた取組み強化の中で、そうした当事者の権利意識に寄り添った関係性が築かれつつあるとするなら、大きな変化の1つと言えます。

もちろん、リスク自体の増大の軽視は禁物

もっとも、「これまで見過ごされていた虐待ケースが、現場の取組み強化によって顕在化した」という分析だけに偏るのは危険でしょう。それだけが強調されると、「実はリスク自体も増大している」という、もう1つの可能性が軽視されがちになるからです。

たとえば、現場の人員不足によって従事者の心身の負担が高まっているとします。もちろん、心身の負担が高まっているからと言って、ただちに虐待に結びつくわけではありません。しかし、現場負担の増大は、介護従事者として「どのようなケアが適切なのか」を判断する余裕が損なわれがちです。

利用者の尊厳をていねいに確保していく余力が失われれば、不適切なケアのすそ野が広がりやすくなります。その風土が常態化すれば、それが虐待を生む土壌になりかねません。

ちなみに、今回の調査結果を見ると、身体的虐待の割合は低下傾向にあるものの、心理的虐待や介護等放棄(ネグレクト)の割合は逆に増加傾向にあります。介護等放棄としては、「その時々で必要とされるケアが行われていない(それによって利用者の心身状況を悪化させる)」などが想定されています。

ここには、「きちんと対応したくても、その余裕がない」あるいは「どのようにケアをすればいいのか、しっかり時間をとって教えられていない」という背景もあることが考えられます。仮に虐待判断には至らなかった場合でも、この状態が放置されれば、利用者の尊厳が損なわれるのは間違いないでしょう。

居宅系サービスでも虐待増加の兆候が…

さらに注意したいのは、こうした状況がサービス分野を超えて広がりつつある傾向です。たとえば、過去2年のサービス種別の推移を見ると、訪問・通所介護などの居宅系サービスや小規模多機能型などで、件数・割合ともに虐待判断ケースは目立って増えています。

確かに、これらのサービスも「現場の意識の高まり」によって虐待事例が顕在化したと見ることもできるでしょう。一方で、特に判断件数の伸びが大きい訪問介護などでは、限られた人員および時間で、多くの利用者を訪問しなければならないという状況下、「本来なされるべきケアを、うっかり省いてしまう」といったケースも一定程度あると思われます。

こうした多様な要因をきちんと整理したうえでの発信が行われないと、介護サービスへの社会的な不信感が一人歩きしかねません。高齢者虐待防止法施行から20年が経過した今、分析や発信のあり方も社会的に共有できる形で見直される時期に来ているといえます。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。