2024年度改定に向け、厚労省の社会保障審議会・介護給付費分科会の議論が本格化しています(次回は6月28日)。一方、省外からは政府の「骨太の方針(原案※)」や規制改革推進会議の答申案、財務省の財政制度等審議会の建議など、続々と改革の方針が示されました。介護をめぐる具体的な内容を随時取り上げ、制度の行方と課題を見すえます。
※「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)2023」については、6月11日時点で「原案」となっています。
規制改革推進会議の答申案はインパクト大
今回取り上げるのは、規制改革推進会議の答申案の中から「報酬制度における常勤・専任要件の見直し等」についてです。具体的には、介護報酬や診療報酬の改定にあたり、「常勤または専任の有資格者の配置要件等」について、介護および医療の質が担保されることを前提に必要な検討を行なうというものです。
要するに、現状の人員基準や加算要件における「常勤・専任配置」の規定の見直しを求めているわけです。背景には、(1)介護・医療ニーズの増大に対して生産年齢人口の減少が予想されること、(2)育児や介護などを背景にフルタイムでの勤務が困難な労働者が増加していることをかかげています。
注意したいのは、1年前の答申案で示された「介護付き有料老人ホーム等における特例的な人員配置基準の柔軟化」との比較です。今回は具体的なサービス類型を示しておらず、また「特例的」といった限定的な措置を示唆する文言は含まれていません。どちらかというと、介護や医療全般における包括的かつ普遍的な見直しを求める様相となっています。
見方によっては、非常勤・兼任を「基本」とする、人員配置の考え方そのものの転換も示唆されたと言っていいでしょう。全体的に「漠然」とした感じは強まったものの、実はかなりインパクトの強い表現といえます。
人員基準緩和の流れが一気に加速する可能性
もっとも、サービスの質がますます問われる現状で、非常勤・兼任を「基本」とするのはやはり現実的ではありません。一方で、地域やサービス類型によって人員確保の困難さが際立つ中、事業者としては「人員配置の緩和」に向けた制度見直しの恩恵を「少しでも受けたい」というニーズは高まっています。
すべての事業者が「自分たちにも(緩和が適用される)チャンスがある」と受け取れば、介護給付費分科会でも(非常勤・兼任を基本とするまではいかないものの)「緩和」に向けた議論は一気に高まる可能性もあります。ややうがった見方ですが、そうした「空気」の転換も図った答申と言えるのかもしれません。
もう1つの狙いとして、「子育て支援」や「高年齢者の就業」に力を入れる政府としては、「柔軟な働き方」を施策上の重要なカギとしていることです。そのテーマを推し進める中で、特に非常勤をベースにした人員の配置は、政府全体の施策とマッチさせやすいといえます。つまり、今回の提案は、政策の整合性を取りやすいという意図も垣間見えるわけです。
従事者の「家計維持」が絡むと副業の拡大も?
問題は、従事者が「柔軟な働き方」を受け入れる中で、育児・介護との両立などに加え家計の維持という動機も絡むことです。特に、賃金が上昇しにくい介護分野においては、そうした動機を常に考慮しなければなりません。
仮に、介護サービスをめぐって「非常勤」中心の体制が進んでいくとします。そうなると、1つの事業所だけで必要な収入を稼ぐことが難しい状況が出てくるかもしれません。そこで懸念されるのが、副業の増大です。
たとえば、同じ介護分野なら、日中は本業として通所介護で働き、夜間に副業でGH等の専属夜勤で働く──などといったケースも考えられます。また、介護以外の業種を副業とする働き方も増える可能性があります。実際にそうした働き方は一定程度見られます。
その場合、気になるのは労働時間です。労働基準法では、本業と副業の通算で法定労働時間内であるか(時間外労働が発生するか)否かが判断されます。仮に副業を始めたことで法定労働時間(1日8時間等)をオーバーした場合、副業の雇用契約を結んだ事業所が法定の割増賃金を支払う義務があります。
「過重労働の潜在化」「雇用の不安定化」も!?
注意したいのは、従事者が副業をする場合、本業・副業先ともに従事者の通算労働時間を把握できないケースが生じることです。そのため、厚労省のガイドラインでは、従事者側から本業・副業先双方に対して「兼業する」ことの報告を行なうことを求めています。
しかし、仮に制度上で「非常勤」配置が増え、同時に「兼業」が増える流れとなれば、上記の報告や事業者側の把握がどこまで徹底されるかが問題となる可能性があります。
「そもそも、兼業してまで働きたいという従事者であれば、人材確保が困難な時代には、事業者も『常勤』として雇うのではないか」と思われるかもしれません。確かに労務管理が煩雑になる点や従事者のキャリアステップを考えても、「常勤で雇う」のは自然でしょう。
ですが、仮に制度上で「非常勤配置」の範囲が広がれば、どのようになるかは予測が尽きません。事業者の中には、「非常勤の方がいざという時に人員整理がしやすい」という誤った考え方を持つケースも増えかねません。
人員基準等の緩和を議論する場合、どこまで従事者の視点に立って、「過重労働の潜在化」や「雇用の不安定化」といったリスク防止を勘案することができるか。この点を常に留意点とすることが必要になってくるでしょう。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。