今回の「骨太の方針」は、 負担に見合う価値を現場に届けているか?

6月16日、政府は「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2023」を閣議決定しました。少子化対策・こども政策の抜本強化に注目が集まる中、2024年度改定を控えた介護分野の改革はどう進むのでしょうか。

介護を「日本経済支え」のカギとしている?

今回の骨太の方針のタイトルは、「加速する新しい資本主義~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~」です。介護現場としては「未来への投資」に「介護」が含まれるのか、「構造的賃上げ」は「介護」の処遇改善にもつながるのか──といったあたりに注目が集まるのではないでしょうか。

ちなみに、この「新しい資本主義」に向けた一つの方向性として、「多様な人材がその能力を最大限にいかして働くことができるよう、多様な働き方を効果的に支える雇用のセーフティネットを構築する」としています。その「セーフティネット」の一例として「ビジネスケアラーの増大を踏まえた介護と仕事の両立支援を促進」するという文言も見られます。

これを見ると、「介護」がこれからの日本経済を支えるカギでもあることが示されているようです。となれば、先に述べた「未来への投資」には、当然「介護サービス基盤の整備向けた必要な投資」も含まれる──そうした期待もうかがえることになります。

「両立支援」の資源が枯渇しては意味がない

では、今回の「骨太の方針」は、実際にそこまで踏み込んでいるのでしょうか。

医療・介護の社会保障に関して、まず打ち出されているのが、「現役世代の消費活性化による成長と分配の好循環を実現していくためには」としたうえで、「医療・介護等の不断の改革により、ワイズペンディングを徹底し、保険料負担の上昇を抑制することが極めて重要である」という内容です。

「ワイズペンディング」とは、経済学用語で「賢い支出」という意味です。内閣府の資料によれば、「政策効果が乏しい歳出を徹底して削減し、政策効果の高い政策に歳出に転換するもの」としています。介護分野でいえば、報酬の分配方法を徹底して見直し、それによって現役世代の保険料負担などを抑えようというのが、上記の趣旨となります。

気になるのは、早くもここでテーマが転換していることです。先に「介護と仕事の両立支援」をうたっていますが、両立支援のためにはアクセス先である「介護サービス」が豊富に整っていることが前提です。どんなに「(支援への)アクセス手段」だけを充実させても、その先に「資源がない」という状況が広がってしまえば意味をなさないからです。

課題と目標・援助内容がつながらない?

ところが、後半で真っ先に打ち出されているのが、「保険料の上昇抑制」です。確かに、制度の持続可能性という点では重要なテーマには違いありません。しかし、セーフティネットと位置づける「両立支援」の充実という課題の答えにはなっていません。言い方は悪いですが、たとえばケアプラン上で、上記のように「課題」と「目標」・「援助内容」がつながっていないとことにたとえられます。

となれば、「両立支援」というのは、今回の骨太の方針では課題の本筋ではなく「保険料の上昇抑制」が本筋ということになります。これを課題として設定したうえで、「ワイズペンディング」を目標とする流れの方が、施策の道筋としてはすっきりするかもしれません。

そのための具体的な援助内容となるのが、以下の点です。「介護サービス事業者の介護ロボット・ICT機器導入」、「(事業所・施設の)協働化・大規模化」、「保有資産の状況なども踏まえた経営状況の見える化」、「利用者負担の一定以上所得の範囲の取扱い」、「介護保険外サービスの利用促進」という具合です。

足元の物価上昇等を深刻にとらえているか

たとえば、前者3つについては、これらの方策により「賃上げや業務負担軽減」へとつなげる道筋が描かれています。これにより、人材確保が進めば、「両立支援」に向けた資源の充実が図れるという意図も垣間見えます。

しかし、立ちふさがるのが、現状の「物価高騰」や「(労働力人口の減少による)支え手の減少」です。これについて、「効果的・効率的に対応する観点から検討を行なう」としていますが、明確な方策は述べられていません。

「令和6年度予算編成に向けた考え方」を踏まえつつ──とはありますが、その「考え方」とは「重要政策課題に必要な予算措置を講ずること等により、メリハリのきいた予算編成とする」となっています。ただし、この「重要政策課題」には「介護」はおろか、先の「両立支援」も明記はされていません。

そうなると、現場としては、足元の物価高騰等で苦しむ中で「保険料上昇を抑えるため」の「ワイズペンディング」という処方箋を与えられたに過ぎないことになります。

現場も「保険料上昇を抑えるためのワイズペンディング」の重要性は、重々承知しています。しかし、環境悪化によってそれが「できない」のが現状であり、「両立支援」も机上の空論になりやすい中で、現場はジレンマと専門職としての誇りの喪失を感じています。

この「つらさ」にきちんと目を向け、応えたものになっているのかという点で、今回の骨太の方針の空虚さが目立ちます。そのままでは、仮に保険料上昇が抑えられたとしても、「ペンディング」の価値が見えず、現役世代をはじめとする国民の納得は得られないでしょう。政府として、どのような社会的価値を国民に届けるかがますます問われています。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。