2024年度予算の概算要求を前に、財務省が次年度予算に向けた建議や予算執行調査の結果などを示しています。付随する介護分野に向けた改革の提言から、ここでは「法人の拠点数・事業規模」について取り上げます。
拠点数の3つ以上増で、給与は年10万UP?
今年5月に公表された建議、そして今回の予算執行調査でともに取り上げられているのが、法人のサービス事業の拠点数および定員規模と、「従事者1人あたりの給与額」や「サービス活動増減差額率」の関係です。後者の増減差額率(収益に対して収益から費用を差し引いた割合)が上がっていれば、利益率が高いことになり、従事者の給与額をさらにアップさせる余地があるという見方もできます。
予算執行調査のデータを見ると、たとえば「拠点数」が「1拠点」と「4拠点以上」では、「1人あたり給与額(年)」で10万円以上、「サービス活動増減差額率」では2%以上、後者の方が高くなっています。
また、「事業規模」別の比較では、「収益額」が「5億円未満」と「20億円以上」で、「1人あたり給与額(年)」は、後者の方が35万円ほど高い水準に。「サービス活動増減差額率」では、後者が実に4%ほど高くなっています。
こうした結果を受けて、財務省としては「複数事業所の経営」や「事業規模の確保(定員増など)」を推進することにより、経営の安定化とともに従事者の処遇改善を進めることが重要であるとしています。当然、2024年度改定の議論でも大きなポイントとなるでしょう。
事業所数・運営規模の拡大は誘導できるのか
問題は、1法人あたりの事業所数や運営規模の拡大を図るための誘導策が可能なのかという点です。対応策としては、大規模法人による中小規模法人の吸収・合併や事業の協働化にかかる予算措置の拡充などが想定されます。その際、都道府県による「介護現場革新のためにワンストップ相談窓口」などで、仲介役機能を位置づける可能性もあります。
また、報酬上でも何らかのインセンティブ(事業の大規模化・協働化に向けた各種支援加算など)を設けるなどの議論が出てくるかもしれません。さらに、財務省などからは、法人規模による基本報酬のメリハリづけなどを求めることが想定されます。そこまでの大ナタをふるうのは難しいとしても、基本報酬の体系見直しに際しての中長期的な論点としてあげられる可能性はあるでしょう。
いずれにしても、「骨太の方針2023」でも「大規模化・協働化の推進」がかかげられていることから、厚労省として具体化に向けた何らかのリアクションを取らざるを得ません。介護現場としては、そうした「大規模化・協働化」が進められる場合に、どのような課題が生じるのかに注目が集まります。
懸念される撤退加速と利用者の「囲い込み」
大規模化と協働化ではやや事情が異なりますが、法人に集中する経営資源が厚くなることで、その資源配分を通じた経営の効率化が図りやすくなります。情報共有システムなどの統合を進めやすく、異なる事業所間の情報連携等のコストや手間の節減も期待されます。
ただし、こうした経営効率化の過程では、ともすると地域の利用者ニーズよりも、効率化の維持が優先されるケースも生じやすくなります。たとえば、移動コストの増大や人員確保の困難さなどで経営効率が悪くなりがちな地域から、事業所が加速度的に撤退するのではないかという懸念も浮かんできます。
もちろん、「1事業所の採算が悪くなっても、法人規模が大きくなればカバーしやすくなるので、撤退リスクは軽減される」という見方もあるでしょう。しかし、逆に「多事業でカバーできるからこそ、撤退判断がとりやすい」という面もあります。地域ニーズへの向き合い方が乏しいと、たとえば、「その事業所の利用者を法人内の他サービス(居住系など)で受け入れればいい」といった代替えの支援手段を安易に当てはめることも起こりえます。
利用者のサービス選択権をいかに担保する?
そうなると、「住み慣れた家・地域で暮らし続けたい」という利用者意思がどこまで尊重されるかが問われます。利用者の意思尊重という点では、サービスの選択権がきちんと担保されるかという課題も付きまとうでしょう。
たとえば、サービス事業の吸収・合併が進んだり、あるいは協働化による事業のグループ運営のようなしくみができるとします。この場合、情報共有のしくみ等が統合されるのは、利用者支援の質を高めるうえでは確かに有効かもしれません。一方で、同一法人・グループによる「利用者の囲い込み」が進むという「負の部分」も無視できないでしょう。つまり、公正中立なサービス提供が阻害されないかという課題が潜むわけです。
この課題については、ケアマネジメントの公正中立性の確保策などで、国としても強い手立てを打ってきました。となれば、事業の大規模化・協働化に向けた具体策を議論するうえで、「サービスの公正中立性の確保」、ひいては「利用者の意思決定」を尊重する観点からの「サービス選択権」を保障するしくみにもスポットを当てることが不可欠です。
1つの法人にすべて委ねることは、利用者にとっても楽になる──という意見もあるかもしれません。しかし、それが利用者の尊厳確保という介護保険の理念に抵触しないのか。利用者主体の介護保険を立て直すうえでは、避けて通れない課題と心得るべきでしょう。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。