
配分ルール等を統一し、加算率を引き上げた新しい処遇改善加算は、今年6月から適用されます(1年間の経過措置あり)。今、現場から聞こえてくるのは、「高い区分(I・II)は本当に算定できるのか」という懸念の声です。新区分に応じた要件の積み増しを見ていくと、さまざまなハードルが浮かんできます。
「年額440万円以上が1人以上」は可能か
まず、目につくハードルとして、加算IIで登場する「改善後の賃金年額440万円以上が1人以上」という要件があります。これは、現行の介護職員等特定処遇改善加算I・IIの要件の1つで、「月額平均8万円の賃金改善が1人以上」との選択的要件となっています。
これが実現できるのか──という点については、同加算の施行当初からさまざまな意見がありました。2020年度の介護職員処遇状況調査でも、「両要件とも設定できない」という回答が3割超となっています。たとえば、「小規模事業所等で加算額全体が少額である」とか「職員全体の賃金水準が低い事業所などで、ただちに一人の賃金を引き上げるのが困難」といったケースが想定されます。
もちろん、こうした場合でも「合理的な説明」がなされれば、算定できないわけではありません。気になるのは、「440万円以上が1人以上」の要件が、そのまま新加算I・IIの要件とされたことです。Ⅳ
新しい職場環境等要件の中の「生産性向上」
そのうえで、もう1つのハードルにも注目しましょう。それが、新しい職場環境等要件です。これについても正式な告示待ちですがが、昨年11月30日の介護給付費分科会で、見直し案のイメージが示されています。
もともと、職場環境等要件は6つに区分されています。
(1)入職促進に向けた取組み
(2)資質の向上やキャリアアップに向けた支援
(3)両立支援・多様な働き方の推進
(4)腰痛を含む心身の健康管理
(5)生産性向上のための業務改善の取組み
(6)やりがい・働きがいの醸成、
という構成になっています。
このうち、テコ入れが図られたのが、(5)の「生産性向上のための業務改善の取組み」です。全部で8項目ある中で、新規の追加が3つ、既存の要件を具体化・明確化したものもやはり3つあります。そのうえで、新加算III・Ⅳの取得には(5)から2つ以上(他区分は各1つ以上)、I・IIのでは(5)から3つ以上(他区分は各2つ以上)の取組みを求めています。
さらに、I・IIの「3つ以上」の中に、2つの新規項目から「いずれか1つを必須」とする要件も示されています。
生産性向上推進体制加算の要件もそのまま⁉
その「必須」の要件ですが、1つは「厚労省が示す『生産性向上ガイドライン』にもとづき、業務改善活動の体制構築(委員会やプロジェクトチームの立ち上げ、外部の研修会の活用等)を行っていること」。もう1つは「現場の課題の見える化(課題の抽出・構造化、業務時間調査の実施等)を実施していること」となっています。いずれかの取組みを進めることが、I・II算定には必要となります。
ここで気づくのは、「業務改善活動の一環としての委員会」や「現場課題の抽出」などは、施設・居住系で定められた生産性向上にかかる運営基準の内容と重なることです。また、「業務時間調査の実施」は、やはり施設・居住系を対象に新設された「生産性向上推進体制加算」の業務評価の要件に含まれています。
さらにストレートな反映点が、(5)の項目内に「生産性向上推進体制加算を取得していれば、(5)の要件を満たすものとする」という注釈も示されていることです。こうして見ると、今改定で厚労省が力を入れる「生産性向上の取組み」が、新処遇改善加算の特に高い区分に強く食い込んでいることが分かります。
生産性向上の取組みが壁となっては本末転倒
言い換えるなら、生産性向上にかかる新基準や新加算が適用されない訪問系や通所系のサービスでも、新しい処遇改善加算の高い区分を取得するうえで、施設系・居住系サービスの「生産性向上の取組み」にかかる規定をクリアする必要があることになります。
となると、たとえば基本報酬が引き下げられた訪問介護等について、厚労省の主張する「報酬引下げを新処遇改善加算の高い区分でカバーする」という理屈が、現実的なのかという問題が浮上してきます。登録ヘルパーが多く、サ責も多様な業務をこなさなければならない中で、「業務改善のための委員会」や「現場課題の抽出」、「業務時間調査の実施」などが果たして可能なのでしょうか。
ちなみに、注釈では「小規模事業所については、他事業所との共同取組みによって(5)の要件を満たしたものとする」という緩和策も示されています。しかし、共同のためには、相手事業所を探して連携のためのやり取りを行なうなどが必要です。こうした実務も、算定のためのハードルとなる可能性があります。
処遇改善加算は、本来、それによって従事者の生活を安定させるものであり、生産性向上はその土台の上に築かれるものではないでしょうか。今後の告示次第ですが、処遇改善策が本末転倒にならないか注意が必要です。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。