
10月3日、改正された介護保険法施行規則等が公布されました。全サービスを対象に、介護サービス情報公表制度に登録する項目が追加されています。その1つが、「利用者等の人権の擁護、虐待の防止等のための取組みの状況」です。ここで特に注目したいのは、前段で触れている「人権の擁護」についてです。
虐待防止や身体的拘束適正化の規定はあるが
2021年度改定では、全サービスを対象に虐待防止措置(委員会開催や指針整備、研修の実施、担当者の配置)が義務づけられ、2024年度改定では、これらが未実施の場合の減算規定が設けられました。一人ケアマネのような小規模事業所では、委員会なら複数事業所との合同開催、研修なら市町村等が開催する研修会への参加等でもOKとされています。
すでに2022年には、認知症介護研究・研修センターなどが老健事業の一環として、高齢者虐待防止のための体制整備にかかる「参考例」などを示しています。今回の介護保険法施行規則の改正を受け、今後もこうした手引きやマニュアル、事例集などの最新版が示されることになるでしょう。
このように、高齢者虐待防止については、基準上・報酬上の具体的な規定がいろいろ示されています。一方で、「利用者等の人権の擁護」については、基準上で「必要な体制の整備を行なう」ことは掲げられていますが、具体的に何をするべきかに戸惑うこともあるでしょう。先の高齢者虐待防止措置や身体的拘束等の適正化措置という「各論」での取組みはありますが、それは一部に過ぎません。
利用者の人権擁護に向けた取組みとは?
人権擁護といえば、利用者のプライバシーの尊重や秘密保持、自己決定権の尊重など、さまざまなテーマがあります。これらを遵守することを指針や重要事項説明書で利用者・家族に示しつつ、アドボカシー(社会的な要援護者の意向・主張を代弁するなど)の研修などを行なうといった取組みもあるでしょう。
国が進める生産性向上の取組みでは、利用者の満足度評価としてWHO-5などの指標もかかげられています。これらを使いつつ、利用者のQOL向上に配慮しながら、PDCAサイクルのもとで個別ケアを地道に実践していくことも方法の1つかもしれません。
しかし、介護現場におけるこうした取組みだけで、利用者の人権擁護を満たすことになるのかといえば、そこには限界もありそうです。というのは、利用者が「自身の権利を守られている」と実感できるためには、その人なりのパーソナリティ(当人の行動や判断のもとになる考え方・傾向)を深く理解し、それを(他者のとらえ方を気にせずに)発現できる環境整備が不可欠だからです(もちろん、著しい反社会的行為は除きます)。
LGBT、多国籍・多民族、宗教等との関連
これを介護現場だけで担うのは、やはり難しいでしょう。深いパーソナリティ理解のためには、簡単な生活歴の把握では足りず、その人の価値観にフィットした環境下でのピア対応(当事者と同じ価値観や環境下にある支援者による対応)などが必要になるからです。
たとえば、LGBTによる性的志向や(出自を含めた)多国籍・多民族の状況、宗教的な心情(カルト宗教などは除く)など。多様性の時代とはいえ、本人にとって長年「周囲との関係性から自分らしさを覆い隠さざるを得ない」ことも多かったという状況は、要介護になって分かりあえる仲間との交流が困難になると「生きづらさ」が募るものです。
多様性にかかる深い知識・理解が必要になるという点では、たとえプロの相談援助職であっても、相当な力量を要します。しかし、仮に「そこまで介護現場が担うのは無理」で終わらせてしまえば、国がかかげる「共生社会」の重要な柱も揺らぎかねません。
高齢者の多様なコミュニティが後押しに
先だって、北欧フィンランドの首都・ヘルシンキにおける住民向けの多様なパブリックサービスのガイドブックにふれる機会がありました。その中には、先に述べたLGBTや多国籍・多民族・多言語の居住者、多様な宗教の信者など、それぞれ個別の参加型コミュニティの情報も数多く掲載されています。
たとえば、LGBTの高齢者が集まり、日常で直面しやすい生活課題について専門家や当事者同士がアドバイスし合うという集まりがあります。制度的な位置づけとしては、日本でいう総合事業のようなものでしょうか。
こうした場を通じ、「理解しあえる仲間」ができれば、仮にその人が要介護となった場合でも、介護従事者に対して当事者の人権擁護の観点からレクチャーやアドバイスをすることができます。つまり、外部のコミュニティとの連携により、利用者にとっての実のある人権擁護の推進が可能になるわけです。
わが国では、人権擁護にかかる外部連携といっても医療機関や包括、行政機関に限られるケースがまだまだ中心です。利用者一人一人の生きる背景には、その人なりの多様な事情が複雑に絡み合い、その傾向は外国人居住者の増加等でさらに増えていくでしょう。
そうした状況を見すえた時、「介護現場の人権擁護」をめぐり、国として深い考察のもとでの制度設計が望まれます。高齢者に向けた(フレイル予防の「通いの場」だけでない)多様なコミュニティの整備を後押しし、参加者が介護サービスを利用する際の重要な支援機関として育てる必要もありそうです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。