人材確保と生産性向上がやはりセット化。 「緊急的な支援」は効果をもたらすか?

コロナ禍をしのぐ介護現場の危機に、どこまで対処できるか──今臨時国会で審議される令和6(2024)年度補正予算案に注目が集まります。厚労省から示された予算案の概要では、介護人材確保・職場環境改善等に向けた総合対策のほか、重点支援地方交付金の増額による食材料費・光熱水費等の支援策などが示されました。ポイントを掘り下げます。

急激な人材流出危機が目前に迫る中で…

過去のニュース等でもふれたとおり、介護事業所・施設の倒産件数が過去最多となり、今冬の賞与も引上げどころか引下げとなる状況が指摘されています。こうした波の押し寄せにより、経営の継続や人材確保の厳しさは、コロナ禍を上回るものとなりつつあります。

年末年始は寒さの厳しいシーズンです。体調を崩す利用者も増える恐れもあるでしょう。そうした中での重度化防止には、早期発見・対処が必須です。しかし、発見・対応の重要な一翼を担う介護現場がここまで揺らいでしまうと、発見・対応の遅れから今度は急性期医療へのしわ寄せも大きくなります。多くの命がおびやかされる事態と言えるでしょう。

そうした厳しい危機を、今回の補正予算案はしっかりとらえているのでしょうか。たとえば、4月以降の他産業賃金のベースアップが一気に進むタイミングで、懸念されるのが「介護現場からの急速な人材流出」です。その時期、介護側の処遇改善加算の要件ハードルのアップが重なります。この点を見すえれば、少なくとも高区分の加算が算定できない事業所・施設の増加を視野に入れたうえで、迅速かつ確実に「賃金アップ」が図れるだけの補助金交付等が不可欠となります。

補正予算案でまず注目。総合対策の中身

こうした視点で、今補正予算案での「介護人材確保・職場環境改善等に向けた総合対策」の中身に目を移してみましょう。

上記の総合対策のうち、まず注目したいのは「介護人材確保・職場環境改善等事業」です。厚労省の示す施策目的では、「他産業への(人材)流出を防ぐため、全産業平均の給与と差がつく中、緊急的に賃金の引き上げが必要」としています。このあたりは、介護現場における問題意識が反映されています。

ところが、今回の施策目的の中には、以下のようなビジョンもプラスされています。それが、「賃上げとともに、介護現場における生産性を向上し、業務効率化や職場環境の改善を図ることにより、職員の離職の防止・職場定着を推進することが重要」というものです。

確かに、離職防止には「職場環境の改善」という方策も必要でしょう。しかし、それは先の「緊急の賃上げ」がなされた上での話です。まずは他産業に追いつくだけの賃金の引き上げを実現し、そのうえで「職場環境の改善」を図ることが重要です。今の緊急的な状況下では、こうした施策ステップの取り方を誤ってはならないのは言うまでもありません。

現状の危機を本当にくんでいるのか?

しかしながら、実際の施策概要を見ると、対象事業所・対象費用は以下のようになっています。(1)前提として、介護職員等処遇改善加算を算定していること。(2)(1)のうち、生産性を向上し、さらなる業務効率化や職場環境の改善を図り、介護人材確保・定着の基盤を構築していること──という具合です。

上記(2)について、施設・居住系等は「生産性向上推進体制加算の取得に向けて、介護職員等の業務の洗い出し・棚卸しとその業務の効率化など、改善方策の立案を行なうことが求められます。また、訪問・通所系については、やはり介護職員等の業務の洗い出し・棚卸しとその業務の効率化など、改善方策の立案を行なうことが要件となります。

こうして見ると、結局は2025年4月からの処遇改善加算要件のハードルアップされる生産性向上の取組みに加え、生産性向上推進体制加算の取得を視野に入れたレベルの取組みが必要となります。要するに、「業界全体の従事者の賃金アップ」を土台とするのではなく、むしろ「(レベルの高い)生産性向上の取組み」をベースとしていることになります。

これは、先に述べたあるべき施策ステップとは、まったく逆のしくみが取られていると見ていいでしょう。残念ながら、現状の業界危機をくんだものとは思えない内容です。

心もとない予算案だが状況が変わる可能性も

その他の総合対策の内容を見ても、生産性向上に資する介護ロボット・ICTの導入や更新にかかる支援(事業者は1/4もしくは1/5を負担)、小規模事業者等の事業グループにおける人材募集や一括採用といった協働化施策への支援といったレベルにとどまります。訪問介護における同行支援や経営支援といった経費の上乗せ策はありますが、2025年度予算の概算要求の前倒しという位置づけです。

そうなると、経営の厳しい事業所・施設にとって直接的に頼みとなるのは、物価高騰下でのコスト増にかかる支援策である「重点支援地方交付金」の増額(それにともなう対象範囲の拡大含む)ということになります。ただし、これはあくまで地方交付金なので各自治体の裁量に任される部分が大きいでしょう。

この予算案だけでは何とも心もとなさが募ります。ただし、ここに野党が提出した人材確保の特別措置法の可決などが加われば、状況は変わってくるかもしれません。とにかく今国会審議の隅々まで目配せしたいものです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。