
2027年度の介護保険制度見直しに向けた議論を大きく左右するのが、「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方」です。この課題を集中的に議論する検討会がスタートしました。次の改定等を見すえるうえで、注視したいポイントはどこにあるでしょうか。
「15年先を見すえた改革」が与える誤解
2040年というのは、いわゆる団塊ジュニア世代の多くが65歳以上を迎えることが想定されているタイミングです。ただし、そこ(つまり15年先)を見すえた改革というと、「それは今の足元の課題にフィットするのか」という疑問を抱く人もいるかもしれません。
ただでさえ他産業との賃金格差がなかなか改善されず、「明日のケア体制を十分確保する見通しも立てにくい」と感じる従事者は多いでしょう。現状を維持する基盤が十分に整っていない事業所・施設も多い中、15年先を見すえた改革の断行は、かえって現場を混乱させないかという懸念も浮上しがちです。
あえて誤解を解くとするなら、「2040年に向けて」というのは、「その地点」だけを見すえた改革ではありません。検討会で提示された資料では、都市部を中心とした239の市町村で65歳以上(第1号被保険者)人口がピークの達するのは2040年以降です。その他の市町村では、2025年(今年)までにピークを迎えることが見込まれています。
2040年以降がピークの市町村は14%なので、ほとんどの市町村にとっては、ニーズに対するサービス整備は今年が「山場」ということになります。つまり、今回の検討会は、「15年先」というより「現在進行形」の課題を見すえたととらえることもできます。
「65歳以上の人口ピーク」だけが問題なのか
それならば、「(直近も含めて)2025年以降のサービス提供体制のあり方」というテーマを掲げればいいのでは──と考える人もいるでしょう。確かに、その方が現場にとっても課題への対処に実感がわくかもしれません。ただし、「2025年以降」を見すえたとして、どうしても65歳以上の人口ピークに対処できる体制だけに目が行ってしまいがちです。
2025年以降の「ピーク」だけを追いかけた場合、その後に訪れる「65歳以上の人口減(つまり、数量的なニーズの減少)」に直面した時の課題に対応できるのか。さらに長いスパンでのあり方を考えるべきではないか。ここに、国が提示する問題の核心があります。
仮に65歳以上の人口は減少しても、内訳的には75歳以上、あるいは85歳以上の人口割合は逆に増えていきます。そうなれば、利用者1人あたりにかかる実務負担は、逆に増える可能性があります。そのあたりは、1月9日のニュース解説でもふれた通りです。
見すえなければならないもう1つのステップ
その地域にサービスの担い手がどれだけいるのか、また、介護報酬の設定がどうなるかにもよりますが、数量的なニーズが減少すると、そのピークに合わせていた事業所・施設の運営を継続することが困難(その地域からの撤退や休廃止が増える)となります。
そうなれば、利用者1人あたりの重度化したニーズに対応することが、より難しくなります。たとえば、利用者1人につき対応する人数やそのスキル、対医療連携にかかる実務やシステムの構築体制などを総合的に考慮すれば、数量的ニーズのピーク時の人員・設備量をいかに維持するかが問われるわけです。
その点で、A.2025年以降の65歳以上人口のピーク時対応、B.2040年までの75歳以上人口のピーク時と担い手人口の減少を迎えての対応(都市部はA.の対応が継続中)という複数のステップを機能させる施策が必要です。
A.はステップの1つに過ぎず、その先のB.のステップを同時にクリアするために、「2040年」という時代を見すえなければならない──これが、国のかかげるビジョンです。
「2040年」という年号がもたらす冷たさ
とはいえ、現場としては「そう言われても…」という気持ちもあるでしょう。
他産業との賃金格差で人員は集まらず、続く物価上昇で運営コストはかさみ、制度やそれにともなう実務はどんどん複雑になっています。上記のステップのA.どころか、「今をいかに乗り切るか」に手一杯という状況では、国がどんなに旗振りをしても、身動きとれないというのが現実かもしれません。
この点を考えた時、国として「2040年に向けたビジョン」を掲げるにしても、そこに目を向けるだけの土台の再構築を「2027年度改定」の軸に据えることが不可欠です。土台が固まらないうちに、上記の2ステップの制度構築を目指しても、流動化した地盤に高層ビルを建てるようなものになりかねません。
たとえば、厚労省はよく事業の「協働化・大規模化」をうたいます。複数の小規模事業所が「協働化」によって運営上の課題を解決するのは分かるとして、「大規模化」を並列で扱うことは、「小規模事業所は吸収されるべき」というメッセージにつながる恐れがあります。現場として、「自分たちの培ってきた財産が見捨てられる」と受け取りがちかもしれません。
「2040年」という年号もそうですが、こうした施策上のちょっとした言葉の使い方は、現場に「施策の冷たさ」を印象づけがちです。現場が今何に苦しんでいるのかに寄り添うのであれば、(言葉を含めた)1つ1つの発信の仕方にもっと気を配るべきでしょう。長期のスパンで進める施策こそ、国(行政)と現場の信頼関係に配慮しなければなりません。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。