カスハラ対策法、国の対応は努力義務。 チーム対応体制への踏み込みは可能か?

現在、国会では労働施策総合推進法等の改正案が審議されています(衆議院では一部修正のうえ可決、参議院に送られている)。介護現場にとって関心が高いのは、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)対策にかかる部分でしょう。今改正法が成立した場合、現場の状況はどこまで改善されるでしょうか。

次期基準でもカスハラ対策の明記は確実に

今回の法案では、カスハラ防止に向けて事業主に雇用管理上の必要な措置を義務づけています。具体的には、現場の従事者からの相談に応じ、適切な対応を行なうための体制整備を図ること。さらに、カスハラを抑止するための措置を講じることも必要となります。

同様の規定は、これまで事業所におけるパワハラやセクハラに関して定められてきました(セクハラについては、顧客によるものも含む)。これにもとづき、介護保険法令による基準上でも事業所の責務が明記されています。

今回の法案が成立すれば、この事業者の責務に「カスハラ対応」が追加されることになります。当然、次の基準改定でも、カスハラ防止に向けた相談対応体制のあり方などがより詳細に示されることになるでしょう。

たとえば、今後の介護保険部会において、カスハラが認められた場合の契約解除規定などを、重要事項説明書にどう記載するかといった点も議論されることになりそうです。

現場対策には国のバックアップが不可欠だが

ただし、「契約解除」など強制力の強い規定については、介護保険部会において、当事者団体から「利用者の認知症や障害に起因するケース」を上げつつ、介護の専門性にもとづいた慎重な対応を求める声も上がっています。

もちろん、どのような事情があれ、従事者の安全や精神衛生上の確保は最優先されなければなりません。現場からは「相手が日本刀を出してきた」など、1つ間違えば従事者の命にかかわりかねない事例も報告されています。そうした中では、契約条項等のあり方の議論に今まで以上の踏み込みが求められます。

問題は、利用者の権利擁護と従事者の安全確保という難しいバランスを前に、改正法案で事業者の雇用環境上の義務規定が強化されつつも、国がきちんとバックアップの体制を構築できるかという点でしょう。

改正法案における国の責務を見ると、カスハラに関して「各事業分野の特性を踏まえつつ、広報活動、啓発活動、その他の措置を講ずるように“努めなければならない”」という具合に、努力義務規定にとどまっています。

介護分野の特性に合わせたチームの必要性

たとえば、介護分野の「特性」を踏まえた対応を行なうとすれば、インテークなど初期段階において、利用者の認知症や障害へのケアを同時並行で進めつつ、従事者の就業環境が害されない環境を作る必要があります。

また、発生しているカスハラが家族によるものであるとして、それを理由に「利用者本人への支援」を解除してもよいのかどうか。本人への虐待リスクなどもあるとすれば、養護老人ホームあるいは特養ホームへの措置入所などについても迅速な検討が必要です。

いずれにせよ、早期の段階で、複数の専門職によるチーム関与が必要になります。事業所の他従事者や包括、自治体職員による同行等もさることながら、カスハラの起因となる状況に応じて、医師やPSW、あるいは障害特性(高次脳障害等)にかかわるリハビリ職などが加わることも望まれます。

そのためには、相応の予算措置はもちろん、制度面でも新たなチーム編成を法制面・予算面で整備することが必要です。こうした措置を「国の責務」として明らかにしなければなりません。改正法案にある「努力義務」では、予算編成をはじめとする国の動きを十分に促すことはできない可能性が残ります。

介護保険法でも独自にカスハラ対策規定を

考えてみれば、認知症対応に関しては「認知症初期集中支援チーム」があり、地域支援事業の枠組みで「チーム」を編成することが国の主導で行われています。共生社会の実現を推進するための認知症基本法が施行されたことにより、初期集中支援チームの機能強化も今後はさらに図られることになるでしょう。

この初期集中支援チームでは、ケアマネ等がかかわる以前から、認知症専門医の指示にもとづいてチーム対応がなされます。カスハラ対策の面でも、早期から初期集中支援チームを機能させることは有効でしょう。

ただし、認知症以外で何らかの障害特性などが背景にあるとすれば、別の制度上(今回のカスハラ防止法案など)の枠組みによる新たなチームを編成する必要があります。
こうしたチームが常設されれば、ケアマネや介護従事者による単独訪問等によるリスクが高いと判断した場合に、(契約解除などを含めて)どのような手段をとるのかを同時に検討できます。また、担当ケアマネ等の当事者から「担当を辞退する」などの意向があった場合には、ケアマネジメントも同チームが引き継ぐしくみも築きやすくなるでしょう。

こうした踏み込んだ対応策を実施するうえでも、たとえば今法案とは別に、介護保険法で「介護分野の特性に応じたカスハラ対策」を法制化しつつ、国による予算措置等の責務を明確にするやり方もあるはずです。今法案を土台としつつも、介護保険法の改正(あるいは訪問診療等の場面も想定した医療法等の改正も含む)へと踏み込むことが望まれます。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。