2025年の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の原案が、6月6日に経済財政諮問会議で示されました。6月中には閣議決定される予定です。介護分野に関しては、人材確保に向けて「保険料負担の抑制努力を継続しつつ、公定価格の引き上げを始めとする処遇改善を進める」としています。
「コストカット型からの転換」とは何か?
今回の骨太の方針原案と同時に、政府内で「新しい資本主義のグランドデザインおよび実行計画」も示されています。ここでは、「公定価格の分野」において、医療・介護・障害福祉等における賃上げ、経営の安定等が図られるよう、「コストカット型からの転換を明確に図る必要」が明記されました。
気になるのは、この「コストカット型」という言葉が具体的に何を指すのかでしょう。
同実行計画では「(介護分野などは)物価高騰や賃金上昇の中で、他産業のようにコストの増加分を価格に転嫁することができない」と分析しています。価格に転嫁できない分、経営維持のために必要なコストをカットせざるを得ない状況を指しているわけです。
仮に人件費などの固定費をカットの対象としてしまえば、従事者の離職を誘発し、適切なサービス提供は維持できません。施設での食材料費をカットすれば、利用者の健康維持にも支障が生じます。テクノロジー導入も、各種支援事業を使っても、その後のメンテナンスコスト等を視野に入れれば、業務効率化に向けた対応は中途半端となるでしょう。
これらを解消するうえでは、事業者の「持ち出し」が生じがちです。しかし、それを続けるだけの経営体力には限界があります。
「賃金・物価スライド」の想起が自然だが…
この「持ち出し」を不要にするビジョンが「コストカット型からの転換」に含まれるとするなら、処遇改善加算等の引き上げだけでなく、物価上昇や(他産業の)賃金引上げに応じた「基本報酬の引き上げ」も視野に入ります。つまり、「コストカット型からの転換」という文言に、業界団体等が求めている「賃金・物価スライドによる基本報酬の引き上げ」が含まれていると見るのが自然でしょう。
もっとも「それは怪しい」と考える人も多いかもしれません。仮に「賃金・物価スライドの導入」を目指すのであれば、そのことの「検討」が明記されるはずだからです。
また、「賃金・物価」変動は加速しているわけで、現状の業界の苦境を考えれば、2025年度中の手当てが不可欠です。確かに「令和7(2025)年春季労使交渉における力強い賃上げの実現」等を踏まえながら──としていますが、具体的な検討時期は示されていません。
診療報酬改定に合わせた期中改定の可能性
ちなみに「骨太の方針」では、介護等の処遇改善について、「2025年末までに結論が得られるよう検討する」としています。基本報酬引き上げと処遇改善は、現場感覚からすれば一体的なものです。「2025年末までの結論」となれば、次の診療報酬改定が行われる2026年度が視野に入る可能性もあるでしょう。
たとえば、2026年度の予算編成で診療報酬の改定率を定めたうえで、介護側を再設定するという見方もできます。
なお、先の事業者等16団体による「介護現場で働く人々と家族の暮らしを守る集会」では、A.2026年度の期中改定とB.期中改定までの9か月間の賃上げ補助が決議されました。
Bに関しては緊急の補正予算の編成が必要なのでどうしても夏の参院選以降になってしまいますが、Aであれば、政府の本気度によって早期実現は不可能ではないでしょう。
もっとも、診療報酬改定に合わせて期中改定を行なう場合、それを一時的な緊急対策として行なうのか、それとも先に述べた賃金・物価スライドによる定期的なもの(たとえば、毎年基本報酬だけ見直すなど)として行なうのかも問われることになります。
「掛け声」はあるが「道筋」が見えない状況
仮に「3年に1度」の改定サイクルを恒久的に見直すとなれば、介護保険事業計画年度や保険料設定のタイミングの見直しも必要です。また、財源構成見直しも視野に入るかもしれません。となれば、介護保険法の改正向けたスケジュールを示さなければなりません。
もちろん、保険料率などについては、現行法で「おおむね3年を通じ、財政の均衡を保つことができる」という規定なので、特例的な期中改定を妨げるものではありません。しかし、これを恒久化するとなれば、やはり法改正に向けた工程を定めることが不可欠です。
ちなみに工程といえば、先のグランドデザインおよび実行計画の「省力化投資促進プラン」では、2029年までの施設等での業務効率化の目標値やICT・ロボットの導入割合が示されています。一方、処遇については2020年代に最低賃金1,500円+その後の持続的な賃上げという目標設定にとどまっています。
こうして見ると、賃金・物価スライドを想起させる「掛け声」はあるものの、その実現に向けた具体的な工程はかなりあいまいです。
そもそも公定(公的)価格引き上げについては、2021年に当時の政権が専門委員会を立ち上げています。しかし、その議論を土台としたベースアップ支援金や2024年度改定の結果はどうだったでしょうか。これを振り返りつつ今回の骨太方針等を見た時、真に実効性ある現場支援に向けた「道筋」があるのかどうか、どうしても疑問符がつきがちです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。