事故も虐待も、背景に従事者不足の影。 この関連性を直視できるかが問われる

介護現場での事故や虐待を防ぐうえで何が必要か。6月30日開催の介護保険部会では、この深刻化する課題が話し合われました。実態把握やその分析が重要なのはもちろん、事故や虐待につながっている現場の苦境に一刻も早く手を差し伸べることが不可欠です。

介護事故と従事者による虐待に共通するもの

介護現場における事故の発生状況については、事象や発生原因別の割合等はいくつか見られます。しかし、推移等を推し量れる全国データはまだありません。一方、虐待については高齢者虐待防止法にもとづいた推移データが法施行の2006年度から存在しています。

現場での介護事故と従事者による虐待は、事象としては別物ですが、いくつか共通点はあります。たとえば、現場業務が煩雑化し、職員1人あたりの負担が高まれば、心の安定を保つことが難しくなります。心の安定が損なわれれば、集中力の減退や感情の揺れ・高ぶりが生じやすくなるのは必然です。

前者の「集中力減退」は、判断力の低下も伴いつつ介護事故を誘発する要因となります。後者の「感情の揺れ・高ぶり」は、それが即身体的虐待等に結びつくわけではありませんが、利用者への言動が思わずきつくなる状況にはつながりやすいでしょう。たとえば、認知症のBPSD悪化等の背景について、頭では理解していても感情面のコントロールが追いつかないといったリスクは高まるわけです。

虐待をめぐる従事者課題のとらえ方

ちなみに、高齢者虐待防止法にもとづく調査では、職員側の課題として、「職員側の知識・意識の不足」や「職員のストレス・感情コントロール」など(ともに7割前後)が目立ちます。一方、先に述べた「職員の業務負担の大きさ」は5割弱にとどまります。

しかし、なぜ必要な「知識・意識」の積み上げが追いつかないのか、「ストレス」がたまり「感情」がコントロールできないのかと言えば、そこには必ず前段階の要因があるはずです。つまり、職員負担が高まっているゆえに、「知識・意識」の修得が不十分となり、「感情」のコントロールに活かし切れないという構造は容易に推察できるわけです。

その点では、実態把握にもつながる同調査において、複数の要因は必ず絡み合っているという点を考慮した調査・分析がどこまで機能しているのかが問われるとも言えます。

それを踏まえたうえで、事故も虐待も、リスクを押し上げる根っこには「業務の煩雑さによる職員負担の増加」が共通してあると仮定しましょう。事象の認知(判断件数)の推移のデータがあるのは虐待だけですが、要因が共通すると仮定したうえで、介護従事者の雇用環境データと比較してみます。

各種データから見る虐待と従事者不足の関係

虐待判断件数の伸びが加速し始めたのは2013年からで、その後の5年(2018年)までで2.8倍増となっています。この推移とほぼ連動するのが、介護分野の求人倍率で2倍から一気に4倍という状況です。

また、過去の介護労働実態調査を見ると、やはり2013年度からの5年間で、従事者の「不足感(「大いに不足」+「不足」+「やや不足」)」は10ポイント以上高まっています。やはり雇用環境との関連が見て取れます。

その後、コロナ禍において虐待判断件数の上昇はいったん落ち着きます。コロナ禍で介護現場に第三者の目が入りにくくなったことが要因(深刻な状況は変わらず)とも言われますが、サービス提供機会の減少が伴ったのは事実でしょう。しかし、その後は再び上昇に転じ、2023年には1000件超となりました。

同時期に求人倍率は再び4倍台に高止まり、従事者の不足感も跳ね上がりました。従事者不足感については、不足感全体は高止まりの状況が続く一方、「大いに不足」というレッドゾーンの増加が目立っています。

事故防止に資する機器も進化しているが…

以上はあくまで虐待判断件数との関連ですが、先に述べた仮説にもとづくならば、介護事故とも深くかかわると考えられます。

介護事故に関して言えば、その防止に向けたさまざまなテクノロジー機器が開発されています。昨今では、共有フロアに取り付けたカメラやセンサーで利用者の動向を検知し、AIが事故発生を予測するものもあります。認知症のBPSD悪化が事故に結びつくケースもある中で、やはりAIがBPSDの発生を予測するアプリも開発されています。

今後、事故や虐待と従事者不足の課題をリンクさせる動きが強まった場合、こうした機器導入等による生産性向上のあり方も課題解決の論点に浮上してくるでしょう。しかし、AI等で察知や予測はできても、実際に事故を防ぐうえでは「人の介在」が必要です。

問題は、経営側・管理側が機器類の導入を図ったことをもって「従事者負担は解決する」と安易に見立ててしまうことです。新たなシステム導入に際しては、従事者側の順応性には差があります。そのための新たなOJTや適材適所を実現する人事労務のマネジメントも必要でしょう。ストレスには、職場の人間関係も影響している点も忘れてはなりません。

テクノロジー等が管理側の負担も即座に軽減するという考え方がまん延すれば、それは新たなリスクにつながりかねません。事故・虐待と従事者不足との関連性を直視しつつ、事業者側の新たな管理能力(また、それができる人材育成)にどう対処するかという論点に、国としても真摯に向き合うべきでしょう。

 

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◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。