
介護分野での外国人在留者数は約5.5万人(2023年12月から2024年3月データ)。今後も、介護現場での外国人就労者はさらに増えていくことは確実です。現場で外国人従事者との協働が日常の光景となる中、円熟の関係性を築くうえで必要なことは何でしょうか。
日本からの対外発信に「上乗せ」したいこと
今年6月、厚労省は各自治体の外国人介護人材担当部局に向けて、海外現地の各種機関との連携を図る際に活用できる「対外発信資料」を示しました。外国人人材が日本の介護現場で就労することによるキャリア形成や可能性についてアピールするものです。
日本の介護現場での働き方のイメージやキャリア形成のあり方、そして日本で培ったさまざまな技能・知見を将来的に母国で活かすことができる可能性などが示されています。すでに日本の介護現場で就労している外国人介護職の声なども紹介しています(アンバサダーによる情報発信も行われています)。
対外的な情報発信として、日本の介護現場の実情や、そこで働く人々に「何が求められているか」を、正しく・詳細に発信することは不可欠です。ただし、住みなれた母国を離れ、文化も風土も異なる他国の介護現場で働くとなれば、それだけのモチベーションを確保できる上乗せも必要になるでしょう。
重要なのは、日本の介護現場を目指そうとする人々の誇りや尊厳、日本人の同僚や利用者とともに歩み続けようとする決意に訴えられるかどうかにあります。その点について対象者の心を動かせる「熱量」がないと、「人手不足を解消するための人材」というビジョンだけが浮き上がってしまいがちです。これでは真の協働を培ううえで限界が生じます。
では、そうした「熱量」のために何が求められるでしょうか。ポイントは2つあります。
外国人就労希望者の「誇りと尊厳」に訴える
1つは、先に述べた「日本の介護現場を目指す人々」の「誇りや尊厳」に訴えるビジョンです。一方的にこちらから技能や知見を付与して「学んでもらう」のではなく、外国人である彼らが日本の介護職に対し、どのような「気づき」を供することができるか、私たちもそのことにどれだけの期待を抱いているかという点をきちんと伝えることです。
外国から訪れる人々は、多様な文化や風土をバックボーンとしています。その中で、日本の人々には新たな発見となる「気づき・気遣い」のあり方を有していることがあります。
また、そうした多様性を日本人の従事者が理解しようとすれば、それが1人1人価値観の異なる「利用者への理解」を促進する力にもなりえます。日本人従事者の援助の視野が広がれば、それは間接的に外国人従事者から得られる「学び」となるわけです。
外国人従事者がもたらすことのできる価値があり、それが日本の介護をさらに進化させる──こうした期待を冒頭で述べた対外発信に反映させることができれば、外国の人々にとって「自分たちが必要とされている理由」が、数的な労働力だけでなく、その質にもかかわっていることが明確に伝わるでしょう。
困難に打ち勝つ「勇気」を与えるメッセージ
もう1つのポイントは、他国で就労することについて多少の困難は予測されつつも、それを「乗り越える」だけの勇気を与えるメッセージが発信できるかどうかです。
たとえば、日本のどの地域の現場に就労しても、受入れてくれる土壌があるか。最初は現場の実務が「厳しい」と感じることがあっても、仲間の支えを通じつつ、希望あるキャリアステップが歩めるかどうか。その保障の道筋が明確に図られていることが必要です。
もちろん、各種予算事業にかかる相談支援体制や母国の仲間同士の交流事業などの状況は発信されています。ただし、重要なのはもっと根幹の部分です。それは、日本の介護制度が、未来に向けても確かなしくみとして発展していくのかどうか。外国人を疎外・排斥するような社会にしないための地域啓発・次世代教育が確立されていくのかどうか。
これらを国の責任として、確かに約束できることが問われています。言うなれば、国の進むべき方向が明確に示されていること。これが希望へとつながる道筋です。
実績を築いてきた彼らに報いる国と社会を
日本の介護制度に関して言えば、その行方が気になるのは、外国人従事者だけではありません。日本人で「将来、介護・福祉分野で仕事をしたい」と考える人々も同様です。
ところが、他産業との賃金格差はなかなか解消されず、撤退・閉鎖する事業所・施設も増えているのが実情です。志(こころざし)ある日本人の若い人々も躊躇してしまう現状下で、他国から訪れる人々に勇気を与えることができるのか。その点を考えた時、たとえば介護人材の権利擁護にかかる基本法などの制定を、対外メッセージとして発信できるような施策の流れも求められてくるでしょう。
今や外国人介護従事者の中には、現場管理者はもちろん、施設長やケアマネを務める人も増えています。彼らが先人として築いてきた努力と実績に、これから先どうやって応えていくのか。国も介護現場も、そして日本の社会全体の意識と態度が問われています。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。