国の調査によれば、介護事業所・施設におけるBCP(業務継続計画)の策定状況は、昨年末時点で「2022年3月までの策定予定」とする回答が約5割にのぼっています。逆に策定のめどが立たない事業所・施設も一定程度見られます。2024年3月末の経過措置終了に向け、解決すべき課題はどこにあるでしょうか。
「施行から1年で策定率5割」をどう評価?
コロナ禍での現場の混乱が著しい中、改定基準の施行から1年で「BCP策定率が5割」という数字は、決して低くないと見る向きもあるでしょう。一方で、「(コロナ禍および気候変動等で増加する豪雨災害など)現在進行形の問題が多数あるからこそ、策定のスピードアップはさらに必要」という考え方もあります。後者の主張は、管轄の自治体から今後強まっていく可能性がありそうです。
多くの自治体では、豪雨や地震などの災害を想定した「行政としてのBCP策定」を進めています。地域住民の生活の持続性を考慮すれば、「いかに地域の医療・介護側の取組みと連携していくか」が、自治体にとって緊急の課題となっているわけです。
ただし、それだけではありません。もう1つ、自治体の意識を強めている要因として、保険者機能強化推進交付金および保険者努力支援交付金にかかる評価があります。たとえば、評価項目の中には「管内の介護事業所と定期的に災害に関する必要な訓練を行なっているか」という指標があります(最大20点)。
管轄自治体の積極姿勢で、今後どうなる?
もちろん、非常災害時等を想定した定期的な避難訓練や関係機関との連携については、(一部サービスを除き)以前から基準で定められています。上記の評価指標でも、BCP策定の推進そのものを対象とはしていません。
ただし、上記の評価項目にかかる取組みを見ると、今回の「BCP策定の義務づけ」を念頭に置く自治体も見られます。
すでに、地域の介護事業所の会合で「BCPに関する情報提供および意見交換」などを実施しているケースもあります。集団・運営指導ではBCP策定もチェック対象となっていますが、今は「努力義務」でも、行政側の指導がこれから強まることも考えられます。
このように、自治体が前向きな姿勢を強める中では、「2023年度末までに手がければいい」と考えている事業所・施設にとって、想定以上のプレッシャーとなるかもしれません。
もっとも、「いずれは手がけなければならない」となれば、自治体による手厚い情報提供や策定支援は、事業所・施設にとってはありがたいという見方もあるでしょう。問題なのは、「どんなものであれ、策定さえすればいい」という見かけが先行してしまうことです。
重要なのは、数字上の策定率だけではない
BCP策定にかかる新基準では、計画を策定するだけでなく、その計画にもとづいた定期的な研修や訓練(シミュレーション)の実施も義務づけられています。いずれも、BCPを単なる机上の空論にすることなく、現場の実践に結びつけることが重要だからです。
ただし、この「結びつけ」は、BCPが地域や現場の実情に沿っていることが前提となります。たとえば、自然災害の発生時におけるBCPでは、「優先すべき業務」と「当座停止する業務」を設定しなければなりません。
これを設定するには、現場従事者の持ち場の体制、動き方などをきちんとアセスメントしたうえで導き出すことが必要です。その前提が揺らいでいれば、仮にBCPにもとづいた実習や訓練を行なっても、「いざという時にこれが本当に役に立つのか」といった迷いが生じかねません。結果として、従事者のBCPへの信頼が損なわれる恐れも生じます。
こうした点を考えたとき、重要なのは現段階の「数字」だけの策定率ではなく、法人側の現場の現実への理解度、および運営者と現場従事者の意思疎通にあります。ですから、「改定後1年での策定率50%」という数字だけを見て、「進捗しているか否か」を判断することは早計と言えるでしょう。
まず必要なのは、意思疎通の土台づくりでは
このことは、自治体と地域の事業所・施設との間でも同様です。自然災害にかかるBCPでは、事業所・施設および利用者の住まいのハザード情報や避難所等の資源にかかる正確な情報が必要です。感染症にかかるBCPでは、地域の医療機関からの救援体制などがどうなっているかが問われます。
いずれも、自治体からの詳細な情報提供とともに、行政と介護現場とのしっかりとした意思疎通が欠かせません。こうした環境づくりは一朝一夕で確立できるものではなく、平時からの地道な積み重ねが求められます。つまり、地域における一定の土台づくりに時間をかけることが問われることになります。
もちろん、「自然災害などはいつ起こるか分からない。完璧でなくてもBCP策定のスタートアップを早め、状況によって改編していけばいい」という意見もあるでしょう。ただし、その推進があまりに拙速では、小規模事業所を中心とした現場に多大な負荷をかけ、平時の運営に支障をきたす恐れもあります。
緊急時を想定すれば「急がば回れ」とう言葉は通用しないかもしれません。しかし、「策定実績ありき」で走ることは、本末転倒の結果を生じさせる危険もあります。まず重要なのは現場と行政の意思疎通──この蓄積だけでも、緊急時対応の足腰は強くなるはずです。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。