日本協会が打ち出した「実践知の言語化」 国の事業との関係性と期待したい点

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ケアマネの職能団体である日本介護支援専門員協会が、ケアマネジメントの質の向上を図るべく「熟練したケアマネジャーの実践知の言語化」に向けたプロジェクトをスタートさせます。各種審議会でケアマネジメントのあり方が大きな論点となる中、制度改正に向けてインパクトを与えるものになるでしょうか。

想起される「ケアマネ思考フローの可視化」

現場のケアマネが日々の活動の中で活かしている知識や経験、思考などを「実践知」として集約する──こうした取組みから思い浮かぶのは、「AIによるケアプラン作成支援」で進められている研究事業でしょう。

具体的には、「ケアマネの思考フロー(流れ)の可視化」を図るというものです。それをAIのアルゴリズム(アウトプットに導くためのルール)に反映させることで、AIによるアウトプットの精度向上が目指されています。

上記のAIにかかるデータのインプットについては、ケアマネジメントの標準化項目を学んだケアマネが作成したケアプランが用いられています。ここでいう「標準化項目」とは、あくまで疾患等によって「想定される支援」を項目化したものであり、そのままケアプランが導き出されるものでありません。

当然ながら、その人の生活状況などの個別性が考慮されることによって、本来のケアプランが作成されます。その個別性にかかる情報収集や分析の手法なども含めて、現場のケアマネの経験を積み重ねながら体系化を図ろうという取組みがなされているわけです。

国が示す「現場の知見の体系化」とは違う?

現場のケアマネの経験の蓄積まで含めた「実践知」という観点でいえば、国が事業として進めているビジョンと、今回の日本協会による「実践知の言語化」は、方向性としては似ているというとらえ方もあるでしょう。

もちろん、先に述べた国の事業の目的は、あくまでAIによるアウトプットの精度向上にあります。その点で、ケアマネ側の知見の体系化そのものを目指す日本協会の取組みとは「一線を画す」と言えるのかもしれません。

しかし、国が同時に進めている「適切なケアマネジメント手法の普及」の場合は、ケアマネが培ってきた知見の中から共通化できるものに着目し、「体系化する」ことを目指したものと明記しています。「知見の体系化」と「実践知の言語化」は違うものなのか、違うとすればそれはどんな点にあるのか──これは現場として戸惑いがちな部分といえます。

日本協会の取組みの詳細については、今後検討されることになりますが、上記の国の施策との関連性や位置づけの違いについて、現場のケアマネに分かりやすく広報していくことも課題となるのではないでしょうか。

大切なのは、現場の実感に焦点を当てること

あくまで現時点でのイメージですが、国の事業が「ケアマネジメント過程全般を通じたケアマネの思考」に焦点を当てているとすれば、日本協会は「利用者とのかかわりの中で生じる1つ1つの実務の進め方」にポイントを置いているという感があります。

たとえば、アセスメントやサ担会議を通じて、利用者・家族との良好な関係性を築くにはどのようなスキルが必要か。あるいは、基準上で定められた利用者への各種説明義務について、相手側の理解と納得を得るような対応はどのようなものか──こうした現場が悩みがちな実務面の課題について、国の事業だけで十分な答えを得ることは難しいでしょう。

現場のケアマネとしては、「本当はこういうことに困っている」という実務上の課題は数多くあります。こうした「現場ならではの実感」にそくした部分に焦点を当てることができれば、利用者との良好な関係性を構築し、ひいては利用者側の不安解消を図りつつ自立の促進や尊厳の保持を図ることも可能です。

国の施策との補完関係を築くことができるか

仕事と介護の両立支援やヤングケアラー支援、障害福祉制度との兼ね合いの中での支援……これから先、ケアマネはこうした幅広い分野の施策との絡みも含めて、より広範な役割を担わなければならない状況にあります。

当然、「どうやって実務を進めればいいのか」という戸惑いも、現場でさらに高まることになりそうです。そうした中で、「ケアマネの諸先輩が、どんなスキルを発揮して乗り越えていくのかを知りたい」というニーズにどう応えていくか。職能団体としても、これから背負わなければならない責務といえます。

今回の日本協会の取組みが、「現場が本当に修得したいこと」に届くのであれば、大変に意義は大きいでしょう。決して国の施策に対するアンチテーゼという意味ではなく、互いに補完しあうという位置づけができれば、国の目指す「ケアマネジメントの質の向上」を真に実現する重要なパーツとなるはずです。

そのためには、できるだけ幅広い現場のケアマネの声をつぶさに吸い上げる作業から始めることが欠かせません。そのことは、現場からの発信力を高めることにもつながり、結果として今後の制度改正にも大きな影響力をもたらすことになります。
ケアマネ不足が深刻化する中、今回の日本協会の取組みが「ケアマネの社会的地位の向上」にもつながるエポックメイキングとなるのかどうか。注目が集まります。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。