9月26日に開催された社会保障審議会・介護保険部会で、要介護認定のあり方がテーマに上がっています。論点の1つが、認定の遅れによるさまざまな支障を解消するための「簡素化」です。「AIによる特記事項チェック」などの実証実験も進む中、これからの要介護認定がどうあるべきでしょうか。
「簡素化」と「適正性の確保」は両立可能か
認定申請数が増加する中で、「認定の遅れ」が生じることを防ぐというのは、確かに重要なテーマです。認定結果が出る前の暫定プラン件数が増えれば、ケアマネジメント上の実務にもさまざま影響がおよびかねません。
一方で、厚労省は、「認定審査の簡素化による業務の効率化」を進めるとしつつ、「認定の適正性の確保」にも言及しています。利用者として、「早く結果を出してほしい」というのはもちろんですが、「実情を正しく判定してほしい」という願いも譲ることはできません。
両方の課題解決を同時に進めることは、介護保険への信頼を確保するうえで、国にとっての重要な責務でしょう。ただし、どちらを優先するかとなった場合、これからの状況を考えれば、「適正性の確保」、つまり「その精度の向上」が望まれるのかもしれません。
その「これからの状況」というのは、高齢化等による認知症の利用者の増加です。要介護認定において、認知症は「正しく要介護度に反映させること」がもっとも難しい要素と言えます。今後の介護保険部会でも、こちらの課題について「独立した論点」に掲げていく必要がありそうです。
「主治医の意見書」に付きまとう疑念
よく指摘されるのが、主治医が認知症の専門医でない場合、認定に必要な意見書に、認知症の状況が十分に反映されていないのでは…という疑念です。そもそも、認知症を正確に言えば「認知症候群」であり、その原因によって発症パターンは極めて多様です。典型的なアルツハイマー型や脳血管性ではくくれない状況というのも数多くあります。
たとえば、MMSEなどのスクリーニング検査で正常、CT等による画像診断でも異常が見られない──にもかかわらず、日常のさまざまな場面で判断能力の衰えが見られ、生活に支障をきたすケースも見られます。内臓疾患や精神疾患(うつ症や不安症など)など、多くの要因が潜んでいることもあり、認知症の専門医でも診断が難しいこともあります。
もちろん多くの医師は、認知症対応力向上研修などを受けていますが、そのスキルが診療現場で活かされているのかどうかが問題です。結局、家族などの話に主治医がきちんと耳を傾けたり、専門医にアドバイスを求めるなどの姿勢がないと、認知症にかかる意見書作成に疑問符がつきまといます。
今は認知症の認定への適正反映を議論すべき
このあたりの課題については、2024年度改定が診療報酬とのダブル改定になることを見すえ、いずれ「介護側の審議会」と「医療側の中医協など」との間で合同審議が行われるかもしれません。しかし、今回の介護保険部会で「要介護認定のあり方」をテーマとして掲げているのなら、2022年中に「認知症にかかる認定の適正化」について話し合う機会を集中的にもつべきではないでしょうか。
ちなみに、「給付と負担の関係」においては、「要介護1・2の一部給付サービスの地域支援事業(総合事業)への移行」が論点として上がっています。これが実現されるか否かは別としても(業界団体、当事者団体の反発からすれば見送りとなる可能性は高いですが)、少なくともこれを論点とした時点で、「認知症にかかる要介護認定の現状がどうなっているか」を主要テーマにかかげるべきでしょう。
認知症にかかる介護の手間が十分に反映されていなければ、「要介護1・2は軽度である」という前提で議論が進むことは、大きな間違いであると言わざるをえないからです。
いわゆる徘徊や出火リスクなどの著しいBPSDだけが、日常生活を困難にしているわけではありません。たとえば、薬の飲み忘れなどの服薬管理が困難になれば、一気に健康状態が悪化し、重度化が進みかねません。こうした状況をていねいにくみ取ったうえで、認定の適正化を進めることが不可欠です。
ケアマネの暫定プラン増への支援を考えつつ
「認定の迅速化」や、そのための「簡素化」も確かに大切なテーマです。しかし、介護保険部会で上がっている自治体の調査を見ると、拙速な簡素化は、「認定の適正性の確保」を後退させるリスクも懸念されます。
となれば、たとえばケアマネ側の暫定プランにかかる支援策──実務にかかる報酬上の評価の引き上げや一次判定の時点で担当ケアマネが決まっている場合の情報伝達など──を検討する方法もあるでしょう。思ったより認定が低く出てしまった場合の「全額自己負担の発生」という問題は残りますが、何らかの救助策を議論してもいいかもしれません。
介護保険がスタートして20年以上が経過し、当時とは認定者数の増加をはじめとして状況は大きく変化しています。それに対応することは確かに重要です。その場合、多くの国民にとって「家族の介護」が急速に身近なテーマとなる中で、適正な認定によって介護保険への信頼が揺らぎを防ぐという「原点」も、今こそしっかり固めることが不可欠です。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。