要介護1・2サービスの総合事業移行 実は介護保険の「非効率化」を助長!?

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介護保険部会の「給付と負担の関係」にかかる論点は、いずれも議論が紛糾しています。中でも「要介護1・2の訪問・通所介護の総合事業への移行」については、業界・職能・当事者団体ともに強く反発し、財務省の審議会でも一部トーンダウンが見られ始めました。

「重度者への重点化」の既存施策との矛盾

一方、このテーマについて、経済団体や企業健保を代表する委員からは改めて実現を求める声が上がっています。注目したいのが、経済団体から出てきた「専門的なサービスを重度者に重点化する」というビジョンです。

「総合事業に専門性は必要ないのか」という点でも問題のある認識ですが、もう1つ気になるのが「重度者への給付の重点化」が、介護保険制度の改革議論の中で、依然として大きな流れになっているという点です。そのそも、この重点化策は、政府が進めようとしている施策と矛盾していないのでしょうか。

たとえば、政府は省庁横断で「健康寿命の延伸」を重点施策と位置づけています。国土交通省は健康寿命延伸住宅などのプロジェクトをかかげ、総務省は健康寿命延伸のためのヘルスデータ等の活用に着目しています。

もちろん、厚労省も健康寿命延伸プランを示しており、直近の厚生労働白書では、医療・介護ニーズに見合う人材確保に向けて、「健康寿命の延伸」を重要テーマとしています。

重度化へのステップが加速するパターン

「健康寿命の延伸」に向けては、「元気なうちから自身の健康に関心を持ち、持病の管理のほか、栄養改善や筋力等の維持・向上に取り組むこと」が重要です。しかし、元気なうちから主体的・自発的にそれができる人というのは、どうしても限られます。

そこで、地域支援事業における一般介護予防の強化をはじめ、地域のコミュニティの中での誘い合いによる社会参加などがうたわれています。「入口段階」のステップとしては、それはそれで有効な取組みでしょう。

問題は、人は誰しも加齢とともに意欲や認知機能に一定の衰えが出てくることです。人づきあいも少なくなりがちで、ましてや周期的な新型コロナウイルスの感染拡大により、「通いの場」などの機能も不安定になりかねません。1人での通院等が少しずつ難しくなると、持病の管理も滞ってきます。

ここでフレイル進行や認知機能の低下を防ぐための重点的な手立てが尽くされないと、高齢者の重度化が一気に進むことは容易に想像できます。たとえば、「元気な状態」をステップ1として、上記の「元気でなくなった状態」をステップ2、「さらに重度化した状態」をステップ3とします。ステップ2での手だてが十分でないと、ステップ1から3への流れはとどめようがなくなるわけです。

「分岐点」にこそ重点的な専門性投入が必要

これを防ぐうえで重要なのは、ステップ2の支援には「高度な専門性」が必要という認識です。たとえば、厚労省が過去に示した認知症予防・支援マニュアル(2009年)でも、軽度認知障害(MCI)の人へのアプローチでは「高度な技術が求められ」「専門的技術を持った人を(中略)比較多く配置しなければ実施が難しい」としています。

MCIが上記のステップ2に該当するか否かは異論もあるかもしれませんが、いずれにしても「ステップ1からの移行者」に対しては、それが「ステップ3に移行するか、ステップ1に戻るか」という分岐点と考えるべきでしょう。「分岐点」だからこそ、専門性を発揮させるための重点的な施策が求められ、それはステップ3と同程度、あるいはそれ以上の質・量が要されることになります。

生物学的な心身機能の衰えを想定すれば、これは「科学的根拠」にもとづいた戦略であり、国が進める「健康寿命の延伸」にかかる各種施策も、本来はこの戦略に基づいているはずです。何より、今後も加速していく「科学的介護の推進」の土台でもあるでしょう。

「給付からの排除」に科学的な視点はあるか

上記の点から言えば、本来は要支援1・2も「ステップ2」であるゆえに、しっかりと専門性の高いサービスで重度化を防ぐことが筋となります。ましてや、要介護1・2はすでに「ステップ3」に入りつつある状態であり、ここで「多様な主体」という制度の分散化を図ることは矛盾を加速しかねません。

財務省などは「効果的・効率的」なサービス提供という目的をかかげていますが、制度全体を見渡すならば、「専門性の集中化」こそが真の意味で「効果的・効率的」でしょう。先に述べた戦略に乗ってこなければ、それは施策として中途半端であり、それこそ「非効果・非効率」以外の何ものでもありません。

「では、生活援助は専門性の集中化に当たるのか」という意見も出てくるでしょう。言うまでもなく、本人の自発性・主体性を引き出すうえで「生活環境の整備」は不可欠です。

その目的を叶えるには、生活援助の専門性を明確に認めたうえで、それに見合った評価体系の確立に力を注ぐことが先決のはず。「生活援助は専門性が低い」というだけでテコ入れをせず、「給付から排除する」のでは、科学的な視点での施策立案とはとても言えません、

将来の介護保険財政を真に憂えるのなら、目先の効率化ではなく、介護保険の理念が真に発揮できる制度設計こそが必要です。それができてこそ、次世代にも責任を持って受け渡せる介護保険になっていくはずです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。