社会保障の世代間対立が生じやすい時代に 問われる「異なる立場」への想像力

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介護保険制度見直しに向けては、介護ニーズの増大と従事者不足の深刻化が同時に進む中で、負担増の拡大や業務の効率化という観点からの議論が主流となりがちです。そうした時代だからこそ、揺らぐ制度の理念をもう一度固め直す視点が必要ではないでしょうか。

あらゆる社会保障に財源論が付きまとう時代

 「制度の理念を固め直す」というのは、介護保険制度の社会的な価値にスポットを当て、それを国民全体が共有するという道筋です。従事者を増やすための処遇改善も、財政立て直しを図るための負担増も、「それによってどのような社会的価値が創出されるのか」という国民的な合意が不十分だと、制度への不信・不満を生むだけになってしまいます。

 たとえば、さらなる処遇改善が要されるという場合、「その財源をどう確保するのか」という財源論が常につきまといます。

その先には、「現役世代の負担をこれ以上増やすわけにはいかない(さらに少子化も進んでしまう)」という主張のもと、「高齢者にも相応の負担をしてもらう」という考え方が強調されていきます。一方で、「高齢者層も所得の格差は大きいうえ、介護ニーズは長期間にわたることが多い」という観点から、「(特に物価高の折)幅広い中間所得層の生活実態に配慮し、拙速に負担増を進めるべきではない」といった主張も根強くあります。

若年世代と高齢世代の対立がもたらす危うさ

 こうした見解の差異が大きくなっていくと、若年世代と高齢世代の溝はさらに深まり、双方の建設的な想像力を損ないます。

 若年世代の所得格差も拡大する中、社会保障のセーフティネットはますます不可欠です。一方、事情は高齢世代も同じで、介護保険制度など生活を支えるセーフティネットの重要性もこれまでになく高まっていまる。

 ここで重要なのは、いずれかのしくみがぜい弱になると、それは「分野にかかわらず、セーフティネットはここまで削れる」という前例を作り出してしまうことです。一方の弱体化が、他方の弱体化にも(あまり時間をおかずに)波及する恐れが大きくなるわけです。

こうした危うさへの監視が損なわれると、世代間の対立は深刻化し、「相手の受給さえカットすれば、こちらの受給は保たれる」という不毛な思考が頭をもたげていきます。社会保障が「奪い合い」の対象となるわけです。

 そうした社会的風潮がまん延する中では、当然ながら「さらに生きづらさが増す」という社会が待っています。これを防ぐには、多様な世代や置かれている立場を超えて、「他者の生活と尊厳を守ることは、自身の生活と尊厳を守ることにつながる」という想像力の強さが培われなければなりません。

社会保障制度の価値を多世代で共有できるか

 

そのためには、特定の制度(たとえば介護保険制度)が、人の生活と尊厳をどのように守っているのかという価値を確立し、全国民で共有するという文化が必要になります。

 介護保険の理念といえば、「自立支援(有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう」に支援すること)」と、「尊厳の保持」が法律でも明記されています。しかし、何をもって「自立支援」「尊厳保持」とするのかは明確でないゆえに、今もなお国民の中のイメージにはバラつきが見られます。

 たとえば、ADL・IADLの改善だけが「自立」なのか。認知症のBPSDが抑えられているだけで「尊厳が確保されている」といえるのか。社会参加や役割保持が、人の尊厳にかかわることは分かるとして、それだけを目的化することでいいのかどうか──こうした議論は時として錯そうしがちです。

 ここで立ち返るべきは、制度を利用する当事者(要介護者本人だけでなく家族介護者も含む)からの発信でしょう。そして、その発信を幅広い人々(現状で介護とは無縁な人々も含む)が受け取る機会を設け、そこからのリターン発信を、今度は当事者が受け取っていく──この持続的なサイクルが必要です。

「介護の力」で国民全体の幸福感を底上げ

 

たとえば、介護現場で利用者の主体的に「しようとしている・伝えようとしている」ことの中には、若い世代に属する従事者にはなじみの薄い知恵や生き方が数多く含まれていることがあります。実際、それらに目を向け耳を傾ける中で、子育て施策や地域起こしのヒントが得られたという例も多々見られます。

 コミュニケーションがほとんど取れないような重度者から、そうした発信が期待できるのか──という声もあるでしょう。しかし、プロの介護職による丹念な口腔ケアの積み重ねで発語が可能になったり、ちょっとした五感への刺激(例.花を握ってもらう、匂いを嗅いでもらうなど)から、わずかなしぐさで意思を発露する光景はたくさんあります。

 こうした「介護の力」が発揮される光景に、ふれたことのない人々はとって大きな驚きがあるはずです。そうした人々に、「この人に寄り添っていたい」という感情が生じた時、「介護の力」は幅広い人々の心にポジティブな影響を与えたことになります。その広がりは、一部の経済成長などでは得られない、国民全体の幸福感の底上げにつながるでしょう。

 こうした光景を制度面で支えるのが、介護保険の価値といえます。それを行き渡らせるためには、たとえば子どもの頃から教育カリキュラムに介護を取り入れたり、地域の高齢者の話を聞く・一緒に何かに取り組んでいくといった機会を設ける方法もあるでしょう。

 1つの社会保障制度の価値を、すべての国民と共有し、分かち合うために──異なる立場の人々との対話機会を積極的に設けながら、国民全体の想像力を高めていくという施策が求められる時代かもしれません。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。