音声入力等のICT技術は浸透するか? 注意したい「落とし穴」

イメージ画像介護給付費分科会で示された、「テクノロジー活用等による生産性向上の取組みにかかる効果検証」の調査結果。今回は、介護業務支援(ICT)機器の活用に注目します。たとえば音声入力の機能は、ケアマネのモニタリング業務等でも活用機会が広がりつつあります。

AIによる音声データからの読み取り機能も

スマホやタブレットでの音声入力機能などは、利用者とのやり取りをちょっとメモしたい時に、すでに活用している人もいるでしょう。一方で、今回の効果検証で使われているのは、情報の共有・反映の機能を高めつつ、介護業務に特化させた点が特徴です。

たとえば、装着しているインカムに話すことで、必要な利用者データ(バイタルデータや水分摂取量など)が、そのまま既存の介護ソフトに入力されるもの。その際に、AIが音声内から介護業務に関係ある情報を読み取る機能も発揮されるもの。この他、職員同士のインカムでの音声のやり取りが、端末上で文字共有されるといったものもあります。

さらに、上記の音声入力の端末を現場の随所に備えたり、インカム通信で行なうことにより、充電時間を要したり、職員がタブレット等を常に所持しながら移動するといった手間も省けます。その都度のケアに集中したうえで、音声入力でリアルタイムの情報共有・更新が可能になることが期待されるわけです。

音声入力に際して事前のルール設定も必要

ちなみに、今回の効果検証の対象は施設・居住系サービスですが、ケアマネとしても「どのような機能があるのか、業務場面で活用できるか」について関心を持つ人も多いのではないでしょうか。ただし、こうした機能を現場で取り入れていくためには、さまざまな課題もあることも頭に入れておきましょう。

たとえば、音声入力を行なう場合、他の利用者もいる前で「対象者の名前」を発声することは、プライバシー保護の観点から問題があります。その場に当事者しかいなくても、「自分の状況が目の前で音声入力される」ことが、心理的動揺を与えることもあります。

こうした点に配慮するならば、「どんな場所で、どのタイミングで入力するか」、あるいは「周囲に第三者がいないことを確認する」といったルールを事前に定めることが必要です。

このあたりの課題は、今回の効果検証でも、現場従事者からのヒアリングで浮上しています。対応の一環として、音声入力の際には「隠語やあだ名を使う」といった工夫も見られます。ただし、それだけでプライバシー等への配慮が満たされるのかという点は、ルール策定等を通じて検討されるべきでしょう。

「定着」が進むことで、逆に浮上する課題も

さらに、注意しなければならないことがあります。たとえば、先の現場従事者のヒアリングで、以下のような内容が見られます。それは、「全職員がほとんどすべての記録を音声入力し、今では機器がないと業務が滞るほどに定着した」というものです。

「定着」という点でのポジティブな状況を現わした意見ですが、逆に気になることもあります。そこまで「定着」したとして、「音声入力に不具合等が生じた場合、業務への少なからぬ支障」が懸念されることです。
「そうした仮定の状況まで気にする必要があるのか」と思われるかもしれません。しかし、この「不具合等」を想定した懸念が、介護給付費分科会内でも指摘されています。

たとえば、昨年7月の介護給付費分科会で、一部委員から以下のような意見が出されています。趣旨としては、大規模な自然災害等が多いことに加え、「電力ひっ迫注意報」や「通信機器障害(企業の大規模システム障害等含む)」も発生している状況を指摘。そうした状況下での悪影響を想定しつつ、いざという時の対応方法も検討すべきというものです。

確かに、生産性向上という目標にまい進する中で、「テクノロジー技術の現場への定着」にこだわるあまり、「それが使えなくなった時のリスク」を見落としてしまう可能性は、利用者にとっても大きな不安でしょう。

機能不全の場合のバックアップのしくみは?

先のヒアリングにもあるように、「(音声入力のような)機器がないと業務が滞る」といった状況に陥るとすれば、「現場の情報共有」という基本業務にかかわることだけに、さまざまな問題が発生しかねません。

もちろん、策定が義務化された業務継続計画(BCP)では、そうした「いざという時のバックアップ体制」などの反映も不可欠ではあります。問題は、「テクノロジー活用等」とのセットで「人員基準等の緩和」が進められようとしていることです。これによって、いざという時のバックアップ体制がぜい弱になれば、せっかくのBCPも意味をなさないというケースも起こりうるわけです。

特に「音声入力」などは、従事者側の現場でのアクションを一新する技術でもあります。その技術が使えないことを想定した場合、そこでのバックアップを機能させるには、「便利な機能」だけに流されないだけの危機意識とスキルの向上を地道に図る他はありません。

となれば、(1)従事者1人あたりの危機時対応の評価をいかに引き上げるか、(2)「いざという時」の緊急補助等のしくみをいかに整えるか──この点も議論することが必要です。テクノロジー等の活用は、基準緩和ありきではなく、緊急時の支援策とのセットを優先させることが不可欠ではないでしょうか。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。