介護保険法を含む健康保険法等の改正案が、通常国会で可決・成立しました。改めて考えたいのが、介護保険法に「生産性」という言葉が用いられたことです。法律自体は自治体の努力義務とされた内容ですが、介護にかかる国会制定法で「生産性」の文言が登場したことは大きな分岐点となるかもしれません。
「生産性」をめぐる都道府県の新たな責務
最初に、この「生産性」という言葉が登場した改正部分を、ポイントごとに整理します。
まず都道府県の責務ですが、もともと介護保険法第5条では、「介護保険事業の運営が健全かつ適切に行なわれるよう、必要な助言および適切な援助をすること」が定められています。この都道府県による「助言および援助」が行われる際の配慮(努力義務)の規定を設けたのが、今回の改正点となります。
その「配慮」とは、事業所・施設における「業務の効率化」「介護サービスの質の向上」など「生産性の向上」に資する取組みが促進されるようにすることです。
これだけではやや分かりにくいですが、絡んでくるのが、2022年に厚労省が示した「政策パッケージ」内の新たな施策。それが「介護現場革新のためのワンストップ型の総合的な事業者支援窓口」の設置です。
仮称ですが、「介護生産性向上総合相談センター」といい、地域医療介護総合確保基金の拡充によって実施されることになっています。今回の法改正では、この新たな窓口の設置を法律上で位置づけたことになります。
介護保険事業(支援)計画でも任意記載に
この「介護の生産性向上」にかかる「総合相談事業」を手がける場合、その事業が効果的に行なわれるようにするための計画が必要です。これが2つめの改正ポイント、「(都道府県による)介護保険事業支援計画」で「記載に努める」新たな項目です。
もともと、介護サービスに関して「従事者の確保と資質向上」ならびに「業務の効率化と質の向上」は、記載項目に定められていました。今改正では、前者と後者を別立てしたうえで、後者を「その他の生産性の向上に資する取組み」で括っています。
さらに、市町村が手がける「介護保険事業計画」でも、上記で述べた都道府県の取組みと連携したうえで、やはり「業務の効率化、サービスの質の向上、その他の生産性の向上に資する取組み」が任意項目とされました。
注目は「都道府県との連携」です。そもそも市町村が独自で基金事業を行なう場合、都道府県に計画を提出したうえで交付を受ける必要があります。ここに、都道府県によるワンストップ相談事業からの「各種事業へのつなぎ」が加わることで、都道府県と市町村で今まで以上に緊密な連携が必要となります。この連携を担保するのが、今回の改正です。
「生産性の向上」が国法で明記された意味
ここまで述べた改正ポイントは、新設の「ワンストップ相談」を機能させるための土台づくりであることが分かります。いずれも「努力義務(任意)」という点で、現場には「大きな改正ではない」と思われるかもしれません。
しかし、重要なのは冒頭で述べたように、「生産性の向上」という文言が初めて介護保険法に登場したことです。過去のニュース解説でも何度か述べましたが、国会で制定される法律は、行政が制定する省令等と比べて大変に重い意味を持ちます。
たとえば、介護報酬や基準を定める厚労省令は、介護保険法の趣旨に反する内容は定めることができません。逆に、介護保険法で新しい制度理念が定められれば、それを根拠とした報酬や基準を省令で定めやすくなります。
今回の「生産性の向上」も、報酬や基準と直接的な関係はないものの、介護保険事業(支援)計画の項目に位置づけられたことで、報酬・基準改定を進めるうえで法的根拠の1つに据えることが可能となります。さらに言えば、「介護に生産性の向上という考え方がなじむのか」という疑問などは、法的根拠を盾に取り上げられにくくなるかもしれません。
介護人材確保に与える影響にも注意が必要
実は、「生産性の向上」という文言を使うことについては、今回の改正法の国会審議で野党から懸念が示されていました。また、改正法が成立する以前の介護休符費分科会でも、たとえば当事者団体である「認知症の人と家族の会」から、「生産性の向上」という言葉をめぐって以下のような意見が出されています。
それは、「人を対象とした介護に『生産性の向上』の言葉はなじまない」としたうえで、この言葉からは「(介護保険が)目標とする尊厳ある人生には結びつかない」、「製造現場でのもののように見られているようにしか、介護家族は受け止めきれない」というものです。
利用者とその家族、そして本人と身近に接する現場従事者にとって、「生産性の向上」に対して同様の感覚、少なくとも何となく違和感を抱く人は多いのではないでしょうか。
こうした言葉は、現実の行動にも影響を与える可能性があります。たとえば「これから介護業界での勤務を目指す」という人の多くは、人権をめぐる言葉に敏感です。そうした人々に違和感が生じれば、参入意欲の減退に結びつきかねません。人材確保という国の方針にもマイナスの影響を与えるわけです。
改正法は成立しましたが、この「生産性の向上」という言葉のあり方については、意識して議論を継続する必要があります。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。