6月14日、参議院本会議で「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が全会一致で可決・成立しました。認知症の人が「その人らしい尊厳ある生活」を確保しつつ、家族支援を進めるうえでも大きな一歩といえます。今回の新法の持つ意味や、これからの介護現場に与える影響などを考察します。
2019年にも提出されている認知症基本法案
認知症基本法については、2019年6月に、与党である自民党と公明党の議員立法案として国会に提出された経緯があります。
しかし、この時は与党だけで法案を策定したため、議員立法成立のカギとなる野党含めた全会派の理解が得にくい状況がありました。また、その後の新型コロナウイルス感染症の拡大により、多くの対応法案の審議が優先され、審議がなかなか進みませんでした。
国会では、その会期中に議決されなかった法案は、継続審議の議決が行われないと審議未了となり「廃案」となってしまいます。先の認知症基本法案も、継続的に閉会中審査が行われましたが、2021年10月の臨時国会でも審議未了のまま、その後に衆議院の解散総選挙に至ったため「廃案」となりました。
実は、この法案の提出とほぼ同時期(2019年6月)に、政府の認知症施策推進関係閣僚会議により「認知症施策推進大綱」がまとめられました。しかし、こうした施策を推進するには、認知症の人の尊厳確保の理念や、当事者視点での施策の方針を法律でしっかり下支えすることが不可欠です。つまり、「基本法」と政府による「施策の方針(大綱)」は「車の両輪」でなければならないわけです。
前法案が「廃案」になった反省を踏まえて・・・
もちろん、政府が「大綱」などを定める場合も、当事者や家族の意見を反映することは不可欠です。しかし、それが「基本法」で担保されていない問題が残り続けていました。
実際、先の大綱の策定に際して、「認知症の予防」という考え方に対して、当事者側から「認知症がその人の責めに帰する病気」であるかのような誤解が生じることへの懸念も湧きあがりました。結果、大綱の正式決定までに紆余曲折が生じたわけですが、基本法によって当事者の施策立案への参加が明確になっていれば、避けられた可能性があります。
こうした流れの中で、改めて認知症基本法の早期成立を望む声が高まりました。そこで、旧法案が審議未了となった反省から、今回成立した法案をめぐり、全政党の議員が参加する「認知症議員議員連盟」をまず立ち上げました。この超党派の議員連盟により、認知症支援にかかわる団体や関係機関、有識者などからのヒアリングをもとに議論を重ね、一から法案が作り直されました。
こうして誕生したのが、今回の法律です。法律名では、認知症の人への支援の目指すべき地点を明らかにするため「共生社会の実現を推進する」という文言もプラスされました。
施策・研究への「当事者参加」がより明確に
では、法律の内容において、旧法案と今回の新法案での違いはどこにあるのでしょうか。条文要綱からひも解いてみましょう。地域共生社会の理念が反映されたという点はもとより、特に注目したいのは、施策決定等に際しての「当事者参加」の考え方です。
たとえば、旧案・新案ともに、認知症施策の推進に向けて、内閣に「認知症施策推進本部」を置くことが定められています。新法では、この推進本部とは別に、「本部の施策推進」のために「認知症施策推進関係者会議」を置くことを定めました。そして、この関係者会議の委員には、「認知症の人および家族等」を含めて任命することとしています。
さらに、認知症の予防、診断、治療、リハビリ、介護方法にかかる研究を推進するうえで、「認知症の人および家族等の参加の促進」も明記されました。各種研究についても、当事者視点の尊重を図ったわけです。
介護現場におけるケアの手法の研究を進める場合でも、それが「当時者の困りごと」の解決に結びついているか、「ケアする側の困りごと」の解決が優先されていないか──これは常に問われる視点です。その点では、介護保険法の「利用者の尊厳確保」の理念との整合性も図られたことになります。
介護保険制度にはどのような影響を与えるか
この「介護保険法との整合性」をもう少し掘り進めたうえで、今回成立した基本法が、介護現場にどのような影響を与えることになるのかを考えてみましょう。
認知症の人の尊厳確保のためには、当事者による主体的な意思決定の機会が担保されていることが必要です。今回の新法では、国および自治体の責務として、「認知症の人の意思決定の適切な支援に関する指針の策定」が盛り込まれました。「意思決定の適切な支援」といえば、適切なケアマネジメント手法で特に重視されているケアマネのスキルです。
たとえば、今回の新法の制定により、2024年度改定のケアマネにかかる基準等で、「意思決定のための適切な支援」を具体化した項目が追加されるかもしれません。
もちろん、そうした改定は介護報酬の適切な上乗せが加わってこその話です。新法では、サービスにかかる「人材の確保」も国の責務に盛り込まれています。人材確保のためには「処遇改善」は避けて通れないテーマであり、今回の基本法が追い風になるかもしれません。
それだけ、基本法というのは各種制度の根幹につながる重要な軸となります。介護給付費分科会での議論に、今回の基本法がどのように反映されるのか注目しましょう。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。