介護の処遇改善は「事業者主導」にシフト? それで危機的な人材不足は解消されるか。

6月28日の介護給付費分科会で、介護人材確保がますます困難な状況が指摘されました。そのうえで、さらなる処遇改善や人員基準の緩和などの意見が出されています。危機的情報が迫る中、必要な方策の道筋を整理します。

新加算が誕生しても求職者減の流れは続く

まず、6月30日に厚労省が公表した一般職業紹介状況から、介護サービスの有効求人倍率を見てみましょう。常用(パート含む)では3.54倍で、依然として高い水準です。前年同月と比較して0.13ポイント増、全職業計が0.04ポイント増なので、この1年でさらに差が開いたことになります。

また、新規求職者は、前年同月比で7.2ポイントの減少となりました。1年前はその前年同月比で10.0ポイント増だったので、一気にマイナスに転じたことになります。

皮肉なことに、2022年5月から2023年5月の間には介護職員等ベースアップ等支援加算がスタートした時期です。先だっての最新の処遇状況等調査によれば、一定のベースアップ等が実現されましたが、それが新規の求職には必ずしも結びついていないわけです。

特にホームヘルパーの人材不足は、地域によって危機的とも言える状況です。訪問介護はもちろん、国が整備に力を入れる定期巡回・随時対応型や夜間対応型訪問介護などの資源にも影響をおよぼします。

「人を集める」ための3つの施策ビジョン

こうした危機的状況を前に、2024年度改定でどのように対応していくのか。厚労省の社会保障審議会だけでなく、政府内のさまざまな審議会・検討会を含めて、今上がっている施策の方向性を改めて整理してみましょう。

(1)現行の処遇改善関連加算の上乗せをはじめ、さらなる処遇改善策を打ち出す⇒これにより、他業界への人材流出を防ぎつつ、介護業界への人材の呼び込みを図る。

(2)「介護の魅力発信」等事業で、体験型イベント等を通じて職場体験や入門研修につなげる⇒これにより、学生や子育てを終えた層などに介護業界への就労意欲を高める。(3)(2)に関連して、ハローワークや都道府県等を介した公的人材紹介を強化する⇒これにより、紹介料コストのかかる民間の人材紹介に頼らずに人材確保ができる環境を整える。

以上は、どちらかというと「新たに人材を集めたり、現任者の離職を防ぐ」という方向性での施策案といえます。

「人材確保は困難」を前提とした3ビジョン

次に、将来的に労働力人口が減少していくという状況も見すえつつ、「限られた人材で現場をいかに回すか」という方向性です。

(4)ICT等のテクノロジー活用や、業務仕分けを行なったうえでの介護助手等の採用などを通じた、いわゆる生産性の向上⇒これらにより業務効率を高めつつ、限られた人員でのサービスの質の向上をめざす(下記の(5)からの切り離しによって従事者の負担軽減が図られれば、離職防止等の期待も高まります)。

(5)(4)の取組みなどを条件として、制度上での人員基準や加算要件のさらなる緩和を図る⇒これにより、事業所・施設の減算機会を減らし、サービスの安定確保を図る。

(6)複合型サービスの拡大などにより、従事者の待機時間等を他サービスの提供にあてるなどの労働力の有効的な稼働を図る⇒これにより、限られた人員で地域ニーズを満たせるだけのサービス資源の確保をめざす。

(4)は、地域医療介護総合確保基金を活用したICT等導入支援事業などの拡充、あるいは今般誕生したワンストップ相談窓口の機能などがカギとなりそうです。また。(5)(6)については、2024年度の報酬・基準改定に向けて省令改正上の重要な論点となるでしょう。

6つの施策をどのように展開させるのか?

以上6つの方向性の施策を、具体的にどのように展開させることになるのでしょうか。

昨年12月に厚労省が示した「介護職員の働く環境改善に向けた政策パッケージ」では、2022年2月からの処遇改善支援補助金、その後のベースアップ等支援加算を1つの区切りとしたうえで、「今後の待遇改善」には「(事業者による)経営改善と生産性向上の取組みを通じた成果を、従業員の賃金に適切に還元」することに「期待する」としています。

ちなみに、(1)については、加算制度の一本化等で事務負担の軽減を図り、それによって「現行加算の取得率を上げる」という方向が示唆されています。となれば、「加算率の見直し」という可能性は残るとしても、新しい処遇改善策への期待は薄いかもしれません。

むしろ、(4)(6)により事業所の収益構造の改善を図りつつ、事業所ごとの「自主的」な賃金改善を図るという流れが強まりそうです。ここに、2023年の法改正による経営情報の報告義務化や賃金情報の公表のしくみが加わることで、事業者による賃金改善への動きを促すという流れもプラスされることになります。

ただし、「事業者主導」を強める流れは、国による処遇改善強化を期待する現場従事者にとって困惑を生みかねません。事業者による生産性の向上が、本当に賃金改善につながるのか、従事者1人あたりの負担が高まるだけでは──という疑念が付きまとうからです。

現場従事者の主体的な意向を反映するしくみがなければ、賃金改善の目覚ましい他業界に人材が移ってしまう流れを強めるだけになるでしょう。今必要なことは、従事者の期待・意向をきちんと直視するしくみです。それがない限り、働き手に介護業界を選んでもらうという流れを創り出すことはできません。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。