行方不明者の急増が示唆する 認知症ケア現場の弱体化

警察庁の発表によれば、2022(令和4)年中に、認知症を原因・動機とする行方不明者は1万8,709人で、10年前(2012)年の9,607人からほぼ倍増しています。この増加は、人口の高齢化のみに起因するものでしょうか。また、介護サービスにおける認知症ケアや見守り・SOS体制などの現場の取組みとどのようにかかわっているのでしょうか。

認知症行方不明者の「早期発見率」は高い

まず確認したいのは、認知症を原因・動機とする行方不明者(警察への届出受理時に届出人から申し出のあったもの)のうち、2022年では約97%(1万7,923人)は、警察または届出人等において所在が確認されています。この割合自体は、同様のデータが公開され始めた2017年からほぼ変わっていません。

もちろん、不幸にも死亡確認されたケースも2022年では2.6%(491人)あるので楽観視はできません。ただし、行方不明者全体の死亡確認が4.6%(3,739人)なので、認知機能が衰えた高齢者という点を考えれば、無事に保護されている状況が目立つわけです。

しかも、認知症で行方不明になってから所在確認された人のうち、届出受理の当日に確認されたケースは77.5%、7日以内となると99.6%におよびます。行方不明者全体で、受理当日が54.8%、7日以内が85.3%という数字と比べてもかなり高いと言えるでしょう。

見守り・SOS体制拡充が支える「早期発見」

以上の背景には、やはり地域の認知症見守り・SOS体制の存在が大きく寄与していると考えられます。たとえば、地域における関係団体間で捜索等に関する協定の締結やGPS等の機器・システムの活用、見守り体制の構築を進めている市町村は、2022年4月時点で96%以上にのぼっています。

また、認知症の人が市町村や都道府県の枠を超えて移動するケースを想定し、広域見守りネットワークにおける連携体制を構築しているのが43都道府県(やはり2022年4月時点)にのぼります。行方不明者が増えても、早期発見の割合が高率で保たれているのは、こうした地域での体制が少しずつ構築されてきた結果と考えていいかもしれません。

問題は、今後の人口の高齢化で認知症の人が増え、それによって行方不明者の数がさらに押し上げられた場合です。見守り・SOS体制の組織率や参加人員・機関数が一定レベルに達していても、地域の人口減少などで組織が弱体化すれば、早期の発見・保護が難しくなる懸念も付きまとうでしょう。

将来的に、早期発見体制が揺らぐとなれば…

もちろん、先に述べたGPS等の機器や情報連携のハイテク化などでカバーされる部分もあるでしょうが、その進化・普及のスピードにも限界があります。となれば、認知症による行方不明者そのものをいかに減らすかという点にも頭を巡らさなければなりません。

たとえば、認知症の人が行方不明になるケースの中には、「自分がいる場所に強い不安感・不快感を感じて外に出てしまう」という心理状況もあります。そこでは、ケアを十分に行なう体制が整わず、BPSDが悪化しているのかもしれません。また、自宅だけでなく居住系などから「いなくなる」ケースでは、見守り人員の絶対的な不足も考えられます。

そうした条件下で「行方不明になること」を防ぐとなった場合、もちろんセンター等のテクノロジーの活用も視野に入ります。しかし、そこに十分な倫理観が備わっていないと、一つ間違えると「過剰な拘束」や「閉じ込め」という行為につながりかねません。

また、家族の場合、しっかりとした倫理観を備えた支援者のかかわりが届かなければ、「家にカギをかけて閉じ込める」といった虐待に近いケースが増えることも懸念されます。

行方不明につながるBPSD悪化を防ぐには?

以上の点から、「認知症による行方不明者の増加」は、介護現場を中心とした支援体制の弱体化も示唆しています。いみじくも、認知症による行方不明者が急増した2015年・2016年は、介護分野の有効求人倍率(年率)が3倍を超えた時期とほぼ一致しています。

この状況を改善するには、認知症ケアにかかる支援者(ケアマネや介護職員など)が、BPSD改善に向けた高いスキルや高い倫理観を培う余裕を持ち、同時に常に必要な見守り体制を維持できていることが必要です。つまり、介護報酬を引き上げつつ、余裕のある人員配置を実現することが不可欠となります。

しかし、「制度の持続可能性を考えた場合、それは難しい」という意見も当然出てくるでしょう。代わって「テクノロジー等の活用で、支援者の業務負担を減らす」という方策が、改めて強調されるかもしれません。

あるいは、医療側の認知症ケアのさらなる取組み強化や、認知症初期集中支援チームなどの稼働率の拡大により、認知症の人を介護現場で受け入れる時点で、BPSDの改善がしっかり図られているという状況をいかに整えるか。このあたりの介護給付外(医療給付や地域支援事業)の総合的な施策強化も、ますます問われることになりそうです。

とはいえ、こうした施策は、介護側の認知症ケアの人材確保と「両輪」を成してこそ効果を発揮するものです。行方不明者の早期発見を支えている地域の取組みが機能しているうちに、BPSDの改善に資する「両輪」を整えなければ、いつしか「早期発見」の機能が衰える中で社会全体を揺るがす危機に突入しかねません。時間はあまり残されていないことを、改めて意識する必要があります。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。