2024年度改定の主要課題の1つが、ケアマネの処遇改善や業務負担の軽減です。その議論で土台になりそうなのが、2023年3月に公表された厚労省の老健事業での調査結果です。特に2021年度改定で導入された「逓減制の緩和」への評価が大きなポイントの1つです。
次期改定議論に向けたたたき台データ登場?
同調査は、厚労省が民間のシンクタンクとともに実施したもので、「居宅介護支援および介護予防支援における令和3(2021)年度介護報酬改定の影響に関する調査研究事業」として報告書がまとめられています。
ちなみに、検討委員には、介護・医療の事業者代表や有識者、日本介護支援専門員協会の幹部も参加。また、オブザーバーとして厚労省や地方行政の担当者も加わっています。
こうしたメンバーで組織された事業規模を見ると、今後の介護給付費分科会において、居宅介護支援をめぐる議論のたたき台データの1つとして取り上げられる可能性は高いでしょう。多くの居宅介護支援事業者や現場のケアマネとしても、2024年度改定の行方を予測するうえで注目したいデータです。
今調査から、先に述べた「逓減制の緩和」の状況に着目します。関連する調査は2022年9月サービス提供分が主な対象となっており、一部では参考データとして1年前の2021年9月サービス提供分との比較もできます。
「逓減緩和の算定」ケースはほぼ横ばいか
まず「逓減制の緩和の届出」を行なっている事業所ですが、「届出済み」は16.3%。これはあくまでも「届出をした事業所」の割合なので、実際に「逓減緩和の算定(緩和された+5件の範囲での算定)」が「あり」とした事業所は、さらに半分(52.8%)となります。全体では約8.9%という割合です。
ちなみに、1年前の2021年9月時点での「届出をした事業所」の割合は約13%なので、「届出」に関しては微増となっています。ただし、「適用緩和あり」は9.1%となっており、調査母数に差はあるものの、実際の算定率は「ほぼ変わらない」と見ていいでしょう。
以上の点から、「いずれ適用緩和を受ける予定」として届出に踏み切った事業所は少しずつ増えているものの、実際に「緩和に踏み切るかどうか」については「迷い」があると見てとれます。つまり、あくまで「適用緩和なし」の上限をオーバーした時のための「保険」的な思惑が中心であると考えられます。
こうした「迷い」の背景として、やはり「ケアマネ不足の折に、(仮に収益増から処遇改善が期待できるとしても)担当件数増での業務負担を現場のケアマネに課していいかどうか」という点が大きいのではないでしょうか。
業務時間は「増」。ケアマネジメントの質は?
ちなみに、「逓減制の緩和にともない、担当件数が増えたことによる(事業所のケアマネ)全体の業務時間」を尋ねた項目では、「増えた」が46.2%、「変化なし」が44.6%、対して「減った」は1.5%にとどまります。ICT等の活用で業務の効率化が図られているとしても、担当件数が増えることでの業務時間の増加は避けるのが難しい様子が浮かんでいます。
「業務時間が増えた」となると、気になるのは個々のケースへの対応状況です。興味深いのは、「個別利用者とのコミュニケーション頻度が増えた」が41.5%(「減った」は4.6%)にのぼること。ケアマネ対象調査でも、減りはするものの「増えた」は22.1%で「減った」の2.5%を大きく上回ります。
さらに、逓減制緩和の届出前後での「ケアマネジメントの水準」を尋ねた項目では、「上がった」が事業所調査で23.1%、ケアマネ調査で17.2%あることです。「下がった」が、それぞれ6.2%、2.5%なので、届出を行なったことで「ケアマネジメントの質が向上した」という様子が浮かんでいます。
報告書も「ケアマネの負担増」に注意を促す
上記の要因として、「ICT等(AI含む)の導入や事務職の配置で業務が効率化し、課題分析などにかける業務密度が上がった」と考えられるかもしれません。しかし、それが逓減制緩和(その要件)による普遍的な効果なのかについては、慎重な分析が必要でしょう。
そもそも、先の「コミュニケーション頻度」や「ケアマネジメントの水準」を尋ねた対象は、「逓減制の適用緩和の算定」があるケースに限定されます。その数は今調査で65事業所に過ぎません。調査母数として極めて少ない点を考えれば、恐らく介護給付費分科会等でも「参考程度」の扱いになると思われます。
とはいえ、このデータにより、「少なくともICT等の導入や事務職配置が進めば、ケアマネジメントの質が上がる」という仮説をとなえる声は大きくなる可能性があります。注意したいのは、それが「担当件数をさらに増やしても大丈夫」⇒「これで事業所の収益が上がれば、ケアマネの処遇改善は果たせる」という理屈につながってしまうことです。
そもそも「ケアマネジメントの水準が上がる」としても、それと「ケアマネの業務負担の軽減」とは別問題です。ICT等の導入も、「それをどのように導入するか」などの多様な要因で効果は変わってくるでしょう。ちなみに、業務負担については、今回の報告書のまとめでも「(ケアマネの)負担の増加が示唆された」として注意をうながしています。
今調査が介護給付費分科会等で取り上げられた際、現場としてもそれが正しく解釈されているかに注意を払う必要があります。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。