報酬体系の簡素化は実現可能か?「現場の負担重量」を軽くできるかがカギ

増加する「加算」が、利用料の内訳をはじめ制度全体をわかりにくくしている──利用者だけでなく現場従事者も実感している課題でしょう。9月15日の介護給付費分科会では、制度の安定性・持続可能性の確保の一環として「報酬改定の簡素化」がテーマに。解決への道筋はどこにあるのでしょうか。

ここまで報酬体系が複雑化した「3つの要因」

そもそも報酬体系がここまで複雑化した背景には、3つの要因が考えられます。

1つは、介護費用が伸び続ける中、給付の「費用対効果(自立支援・重度化防止などのサービスの質)」を上げるために、基本報酬を抑えたうえで、加算によるインセンティブを強化するという流れが加速したこと。

2つめは、地域包括ケアシステムの推進により、対医療をはじめとする多機関・多職種連携が大きなテーマとなったこと。たとえば、診療報酬上で連携にかかる報酬上の評価が生じれば、介護報酬側でも加算等によるインセンティブを強化しないと、両者の連携に向けた意欲は釣り合いません。そのための誘導手段として、加算の増設や運営基準上の定めが増えていったことになります。

3つめは、1つの加算上のしくみに、アウトカム評価や科学的介護などの施策目的が次々と積み重なっていったことです。処遇改善加算も、その時々の新たな目的が積み重なることで複雑化したパターンといえます。

走るランナーに次々と荷物を背負わせる構図

こうして見ると、報酬体系の複雑化は、その時々の施策に「即効性」を持たせようとした結果と言えるかもしれません。新たな施策上の考え方や理念が出てきた場合、本来であれば、それを吟味・検証しながら、基本報酬の要件としてどのように組み込んでいくかという改革のあり方が求められます。

ところが、「すぐに結果を出す」という要求度合いが高まると、「とりあえず加算でインセンティブを図って様子を見る」という具合に、制度そのものの中にモデル事業的な要素を組み込む流れが生じがちです。結果として、家の土台はそのままに、外壁だけを次々と張り合わせるといった状況になるわけです。

これを、介護保険創設当初から言われている「走りながら考える」と受け取っていいのかどうか。むしろ、走っているランナーに次々と荷物を背負わせるという形になっているのでないか。これでは、ランナーは自分の頭でペース配分ができなくなり、場合によっては重みで体力を奪われ倒れてしまうでしょう。

土台部分に着手しなければ複雑化は防げない

以上はあくまでたとえ話ですが、実際にツギハギの加算増が実務の混乱を招き、現場従事者の疲弊につながっている面もあります。

「国民の保険料・税金で成り立っているのだから、施策に即効性を求めるのは当然」という考え方はありますが、現場が疲弊して人材不足に拍車をかけては意味がありません。

そもそも年間算定実績がゼロの加算が20種類、サービス別の延べ数で194種類もあるというのは、加算算定の理念と現場の実情がいかにフィットしていないかを物語ります。

確かに、施設要件等が経過的なもの(地域密着型特養の夜勤職員配置加算のロなど)や、サービスによってニーズの受入れ体制が整いにくいもの(予防GHの短期利用における若年性認知症者受入加算など)もあります。

一方で、実態的には利用者ニーズや必要性があっても、体制要件などを整えることが困難だったり、算定実務の負担などで算定していないというケースもあると考えられます。

つまり、制度を支える土台部分(緊急ニーズでも現場を支えられる人員が整備されているなど)が不十分では、機能しない加算は増えるばかりで、「制度の複雑化(利用者や現場にとっての分かりにくさ)」だけが残ってしまう──こうした構造が根強くあるわけです。

土台整備に必要なのは現場を守る強い基本法

今後、報酬体系の簡素化を図るために、算定率の低い加算を整理・統合したり、一定以上の算定率がある加算を基本報酬に組み込む(加算要件を運営基準に組み込む)という改革案が出てくることになりそうです。

しかし、先に述べた「土台部分」の構造的な課題が残ったままでは、走り続けるランナーの負担重量は変わらないままです。いわば、背負う荷物は減ったが、代わりに重りのついたスーツを着させられるようなものです。

そう考えれば、報酬体系の簡素化に向けては、重量を背負うランナーの体力向上を同時に考えなければなりません。国としては、「事業の大規模化・協働化」などの方策に向かうのでしょうが、組織再編上の混乱や地域資源の偏りというリスクも付きまといます。

大切なのは現場従事者の「体力向上」ですから、その土台整備を保障するしくみが同時に備わっていなければ、かえって現場や利用者の疲弊は進んでしまう恐れもあります。

たとえば、介護保険上のしくみにメスを入れる前に、どのような改革が行われても揺るがない土台を作るための「予算上の人材確保・育成策」を追加的に整える必要があります。公費による恒久的な予算措置を設ける場合、政府が必ず従わなければならない法制度(介護・福祉人材確保・育成基本法など)も検討する余地があるのではないでしょうか。

介護保険制度の中だけで、しくみをツギハギしていくことは限界があります。介護保険を支えるための恒久的な別制度を検討する──そうした時代がきているのかもしれません。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。